プロローグ第二話 喜びと悲しみと
ペロッ
顔に水滴が滴る。
どうやら今日も可愛い彼女が起こしに来たようだ。
「分かった起きるよ...飯だろ?」
猪瀬は愛犬のライムに顔を舐められて体を起こす。
これはライムを飼い初めてから毎日のようにあるイベントだ。
顔はびちょびちょだがいい目覚めだ。
母親に起こされるより幾分かましと言える。
猪瀬は慣れた手付きで餌をお皿に入れる。
「まてだぞ! 」
「クゥーン」
ライムは餌を前によだれを滴し、いまかと待っている。
「食べていいぞ。良くできたな! 」
「ワンッ」
愛犬は凄い勢いで餌を食べる。
どうやら凄くお腹が減っていたようだ。
「餌は逃げないって、ゆっくり食べろ。」
猪瀬は少し呆れながらライムの背をなぜる。
「さて俺も朝食にするか。」
猪瀬は早速朝食の調理を始める。
調理といってもパンをトースターで焼くだけだが。
パンが焼き上がるのを待っている間にコーヒーを入れ、ニュースを見る。
チンッ
と心地がいい音が台所に響き渡る。
「待ってたぜ。」
猪瀬はバターを塗りあつあつのパンにかぶりつく。
「ふーん 如月練太郎がまた実写化か。」
猪瀬は携帯でニュースの速報を受けそのニュースを知る。
如月練太郎
猪瀬と同じ出版社で少し後輩の作家でストーリー小説の巨匠とも呼ばれる凄い作家だ。
「俺の作品も実写化とかしねぇかなぁ…無理か。」
猪瀬の作品は鳴かず飛ばずの作品でかたや練太郎は大ヒット。
その大きな差を噛みしめ少しブルーな気持ちになる。
「ワン! 」
「俺をはげましてくれるのか?ありがとな」
ライムは猪瀬のブルーな気持ちを察したのか猪瀬に声をかける。
もしくはパンの耳が欲しかったのか。
猪瀬はポジティブに考え、自分を励ましてくれてると解釈した。
そんな時携帯電話が振動する。
「もしもし猪瀬先生ですか?この前の事で電話したんですが!」
朝から元気だなと思い相槌をうつ。
「あぁ、お詫びですか?」
「お詫び?何か私悪いことしましたっけ?」
「置いていった事ですよ!!お金なかったのに!」
「あぁ、その事ですか。いやーまさかお金持ってないとか思いませんって、今度コーヒ豆で煮たウインナーでも奢りますから。」
それはただのコーヒーの香りがするウィンナーなのではないかと思いつつ猪瀬は電話してきた用件を訪ねる。
「それで何で電話してきたんですか。昨日のお詫びじゃないんなら僕には分かりませんよ。」
「そうでした!いやーこの前の猪瀬先生が書いたエルフなんですけど、惜しいところまで行ったんですが予選落ちです。」
「本当ですか!?」
猪瀬はこの前の話はジョークかと思っていたがこの人にはジョークが通じない事を忘れていた。
「でもせっかく良くできた作品なので残念です。」
「えぇ、残念です。」
猪瀬は自分のストーリーじゃないのが悔しいが、いい作品が書けたと思っていた。
それでも駄目となるとますます猪瀬は才能の無さを実感する。
「いや、それよりあいつもっと落ち込んでるんだろうな。」
猪瀬は夢咲の事が心配になり電話を書ける。
「そうですか...はいOKです。」
夢咲は矢崎からの電話を受けた。
駄目だった。
プライドを捨ててまで応募したコンクール。
それなのに予選すら通らなかった。
その事実に夢咲はあの女との大きな差を感じた。
そんなとき夢咲の携帯から無機質な電子音が鳴り響く、電話だった。
「もしもし夢咲です。」
夢咲は元気の無い声で電話にでる。
「夢咲か!」
夢咲は今一番聞きたくない声に驚き携帯を落としてしまう。
「夢咲であってるか!」
「えぇ、夢咲よ!!なんで電話番号知ってるのよ!」
夢咲は涙声を誤魔化すために大声で虚勢を放ち電話に出る。
「矢崎さんから聞いてさ。 」
「そんな事より用件は何なのよ?用件が無いなら切るわよ」
本当はすぐに切りたい。
なぜならどす黒い心の闇が漏れ出してしまいそうだから。
お前のせいだ!
お前が私の設定を生かしきれなかったから。
いや、本当は自分のせいだと分かっている。
夢咲は彼の書いたエルフをみて、いい出来だと思った。
確かに矢崎が言う通り凄い作家だ。
その才能を生かしきれなかった私のせいだ。
「この前矢崎さんが言ったこと覚えてるか?」
この前矢崎が言ったこと、どれだろう?
コーヒーはミルクマシマシに限るとかそんな事か?と心を明るくするために考えるがそれはすぐ頭から消えていった。
「どれの事よ、いちいち覚えてないわ。」
「二人が合わされば最高って話だよ!」
あぁそんなこと言っていたな。
「それがどうしたのよ? 二人が合わさるなんて無理でしょ? ド○えもんじゃないんだから」
「それが無理じゃないんだ!! 二人でこれからも書かないか!?」
「そんなの...」
夢咲は本当ははいって言いたかった。。
猪瀬の才能は凄いものだ。
だがこんな才能が無い私が彼の足を引っ張らないかと思えてしまう。
「お前才能が無いから足を引っ張るとか思ってんだろ!」
「そ、そんなわけないじゃない! 私は...」
ここで天才といい放つ事が出来ればどれだけ良かっただろうか。
「俺も才能がねぇってずっと考えた。だがあの小説を書いてから分かったんだ。小説っていうのはストーリーだけでも文才だけでも駄目なんだ。2つが完璧じゃなきゃ最高じゃねぇ。俺は一人でそれが両立出きるほど俺たちは天才じゃない。でもお前と二人ならやれる!!」
あぁ、心の闇が消えていくように感じた。
この人となら最高になれるの?
この人となら傑作が書けるそうかんじた。
「そこまで言うならOKよ! その話受けてあげようじゃない! これまで以上の作品を書いて、私達を落とした奴らを見返してやるわよ!」
素直に気持ちが伝えられたらどれほど良かっただろう。
ありがとうと、いつか言えたなら
「なる程~それで二人で書くってことになったんですか~」
猪瀬は矢崎さんに電話を書けた。
「えぇ、それを報告しようと電話をさせていただきました!」
「いやー仕事が減って良かったです。」
「へ?仕事が減ったってどう言うことですか?」
「いやー、こちらからその提案をしようと思ってたんですよ~。前回の時から。」
「ならどうして前回のうちに言ってくれなかったんですか?」
「どうしてですか...あの時言ったら拒絶したでしょ?」
それはそうだ。
あの時の猪瀬達なら拒絶しただろう。
矢崎には叶わないなと本当に心から思う。
「それでペンネームは決めてあるんですか?」
待ってましたと言わんばかりに猪瀬は二人で決めたペンネームをいい放つ。
「二人の夢を背負うから夢咲 優也です! 」
「いい名前ですねー 二人の名前からとってるんですねー本当におめでとうございます~」
また矢崎はクラッカーをならす。
「矢崎何だこのゴミは! 自分で片付けろよ!」
編集長が通りかかり怒鳴り声をあげる。
矢崎は怯えた様子でクラッカーのゴミを拾い集める。
「大丈夫ですか? 編集長怒ってたみたいですけど。」
「大丈夫ですよ~では次は二人で来てくださいね~書籍化の話とかしたいので~」
「分かりました!」
猪瀬は嬉しい顔で出版社を後にする。
「嘘なんだろ?」
「え?」
突然の編集長の言葉に矢崎は驚く。
「二人で書くってこっちから切り出す気なんて無かっただろ?」
「やっぱりばれちゃいましたか~」
「そりゃあ何年お前の上司やってると思ってんだ。」
やれやれと編集長は煙草を咥える。
「どうぞ、えぇ、コンビの話が出てこなかったら二人とも駄目な物として見てましたよ。」
矢崎は編集長の煙草にライターで火をつける。
「手厳しいねぇ」
「あの二人はもうその道しか残ってなかったんです。それに気づけないようじゃ大ヒット作家になんて夢のまた夢です。」
「あぁ、あいつらはハンバーガーだからな。片方だけじゃまったく駄目だからな。」
「編集長こそ手厳しいじゃないですか~」
「そうか? まぁコンビが出来て良かったじゃねぇか」
「まだまだこれからですよ編集長、これからどんな波乱があることやら」
そういい矢崎も煙草に火をつける。
煙草の煙が屋上から天へと高く上る。
「この煙みたいに星まで登るか、雲で消えるかそれは二人次第だな。」
「似合わないですね~」
「この野郎!」
「野郎じゃなくて女ですよー」
矢崎は編集長から逃げその場を後にする。
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