第382話 心底、恐ろしい

「ッ、ギギャアアアアッ!!!!!」


ゴブリンキングは、自身の現状に……苛立ちを感じていた。


強い人間と戦っている。

となれば、容易に倒せないことは、これまでの経験から理解していた。


だが……それでも、ゴブリンキングはそれらを叩き潰し、時には逃走という賢明な判断を取り、また潰し……キングまで成り上がった。


そんなモンスター生の中で、嫌な記憶があった。

それは、自分の思い通りに戦いが進まず……尚且つ、相手の想定通りに戦いを動かされる事。


普段であれば、人間たちと戦う際は相棒であるブランネスウルフ、もしくは同じく種族のトップであるクイーンと共に戦うのだが、それぞれのトップが……全員上手くその場に留められてしまっている。


「ギギギ……」


「攻めないなら、こちらから攻め手せてもらうッ!!!!」


そう言いながら……あからさまに直接斬りかかる雰囲気を醸し出しておきながら、エリヴェラは手前で聖斬波を放ち、ゴブリンキングを惑わす。


正直なところ、エリヴェラとしてはゴブリンキングとなるべく真正面から激突したい。

聖騎士である自分が、それを出来なくてどうする!!!! と、思う部分は確かにあった。


しかし……現状、クリスティールと二人で予定通りに戦況を進められているとはいえ、疲労による汗とは異なる汗が止まらない。

それ程までに、ゴブリンキングが放つ圧は戦闘者たちの闘争心を掻き消そうとする。


(申し訳ない……うん、申し訳ないけど、まだ……その時では、ない)


基本的に、エリヴェラもゴブリンは忌むべき存在という認識が強い。

それでも……今しがた自分に岩斧を振るうゴブリンは王でありながら、戦士の雰囲気も醸し出している。


だからこそ、最後まで真正面から斬り合えないことに、ほんの少し……申し訳なさを感じる。


そんなエリヴェラの思いを知る由もなく、ゴブリンキングの心には苛立ちが溜まり続けていた。


「ッ、ギャッ!!!!!」


「っ!!! ふぅーーーー、間一髪でしたね」


ゴブリンキングは岩斧を地面に叩きつけることで、叩きつけた個所から岩槍を幾つ生やし、クリスティールをしたから串刺しにしようとするも……その攻撃方法は初見であるにもかかわらず、躱されてしまった。


クリスティールからすれば、まだゴブリンキングのそういった攻撃方法は見ておらずとも、戦斧や大剣を使ったそういった攻撃方法があるというのは知っていたため、なんとか事前に察知して回避することに成功した。


それがまたゴブリンキングを苛立たせる…………ただ、ゴブリンキングは今、自分が苛立っていると……冷静に戦えていない事に気付いていた。

そして、これ以上苛立ちが溜まれば、命取りになると……寸でのところで、本能がそう判断した。


「ギャアアアアアアアォォオオオオオオオオオッ!!!!!!!」


「「っ!!!!???」」


体から魔力を放出し、全身から怒号を発散させるゴブリンキングに、二人は次のアクションが来るかもしれないと予想し、回避と防御の姿勢を取るが……二人の予想に反し、ゴブリンキングは怒号の勢いそのまま攻めてくることはなかった。


(もしや……そういう事なのでしょうか)


(この感覚は……いや、しかし……そうだとすれば、やはりこのゴブリンキング……心底恐ろしい存在だ)


これ以上苛立ちが溜まると命取りになる。

そう判断したゴブリンキングは、全力で怒号を放ち……苛立ちを発散させた。


冷静さを失えば負けると、これまでの経験が、ゴブリンキング自身の本能がそう判断した。


その行為がどれだけ凄い事かと言うと、その光景をイシュドが見ていれば、間違いなく拍手を送るほど、モンスターにしては珍し過ぎる行動。


(恐ろしい。ただ、回復はさせない)


冒険者から奪ったであろうポーチを身に付けており、その中にはポーションが入っている。

エリヴェラとクリスティールは戦闘中、何度か壊そうと狙ったものの、そこだけ当てることが出来なかった。


ならば、せめて使わせない。

魔力に余裕があるエリヴェラが再び攻め始め、クリスティールが魔力を回復する時間を稼ぐ。


「…………」


「っ、フッ!!!!」


「っ、ギギャっ!!!!」


最初の違和感は、牽制の聖斬波を岩斧で粉砕した動き。


死角……とまではいかないが、視界に殆ど入っていないであろう位置から放たれた聖斬波に対し、ゴブリンキングは殆ど意識を向けずに粉砕した。


(これ、は……どういう)


答えは出てこない。

明確な正解は出てこないものの、エリヴェラは何回目になるか解らない岩斧対聖剣の激突時……過去に感じたことのある感覚を体験。


その感覚は今のエリヴェラにとって、決して良いものではなかった。


エリヴェラの攻撃はゴブリンキングであっても、魔力で強化しなければ手痛いダメージを食らってしまう。


だが……ゴブリンキングが全身に纏う魔力の量は、明らかに戦闘が始まったばかりの頃と比べて、減っていた。


「ギギャッ!!!!」


「っ!! 今、のは……」


クリスティールは、間違いなく死角から氷針を放った。


だが、ゴブリンキングはエリヴェラの斬撃を弾いた勢いを利用し、そのまま体を回転させて貫通力重視の氷針を粉砕。


その光景に、エリヴェラだけではなくクリスティールも違和感を感じずにはいられなかった。


「クリスティールさんッ!!!!!」


「えぇ、その方が良さそうですね」


直ぐにエリヴェラの言いたい事を察し、クリスティールはエリヴェラと共に全力で斬りかかった。


ゴブリンキングだけではなく、今回の戦闘中にエリヴェラの戦う姿を見ていた為、クリスティールは非常に上手くエリヴェラに合わせながら戦っていた。

結果的にそこら辺のコンビよりも上手く戦えていた……それは、間違いなかった。


だが、二人の攻撃が当たらない。


先程まで切傷程度であれば何度か当てられていたにもかかわらず、エリヴェラの聖剣も……クリスティールの氷刃も一切当たらない。

全てが躱され、岩斧は丸盾でいなされてしまう。


(この、感覚……そういう、事かッ!!!!)


事態を把握したエリヴェラは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ……それでも、ゴブリンキングを絶対にこの場で討伐する為に、聖剣を振り続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る