第317話 外れなければ良い

「はは、どうやらフィリップ以外は全員一度は覚えがあるみてぇだな」


「まぁ……そう、だな」


この場にいる者たちは、全員同世代の者たちの中で、上澄みと呼ばれる位置に立つ戦闘者たち。


故に、実家の爵位がそれなりであるヨセフやパオロであっても、そういった事を呟かれることはそこまで珍しくはない。


「俺らとそいつらじゃ、本気の度合いが違う。だから、それが解らねぇバカ共はそういう言い訳をして逃げる」


「…………」


「ただな、本当に他人の為に生きようとするのはなぁ…………そういうのとは、また違うんだろうな」


「どう、違うのだ」


「純粋に、なんで折角得られた一度っきりのてめぇの人生なのに、どうして他人の為だけに生きられるよ」


転生という、まず経験することのない体験を経験したイシュドではあるが、次……もう一度転生出来るとは全く思っていない。


「…………否定は出来ない考え、だな」


「そう言ってくれると話しやすいぜ。てめぇの人生は、てめぇのもんだ。なのに、生きていくための最低限の物だけ摂取して、後は全て他人の為に、困っている者たちの為に生きる……そんな、自分の人生を無駄にするような真似を出来る奴は、ある意味生まれた時からぶっ壊れてると、俺は思う」


「イシュド君、出来ればこう……天賦の才とでも言ってくれないかな」


普段は雑なクルトではあるが、一応世の為人の為に生きる者を狂信者の様に言われるのは……周りの反応が怖いので、勘弁してほしかった。


「はっはっは!! 了解っす。とりあえず、俺としては本当の意味でそういった生き方が出来る人は、それこそ生まれついての才を持った人だ」


断言するには、まだイシュドは前世を含めても色々と足りない部分が多い。


それでも、ヨセフたちから見て……イシュドという人間は自分たちから見て、強さと言う点に関しては圧倒的な力、存在、説得力を持っている。

そんなところもあり、ヨセフたちはイシュドの考えに対し、唸りはするものの……特にこれといった反論も浮かんでこなかった。


「んで、話を戻すが、そんな俺らが下手に欲に蓋をしたところで、逆にいつか暴発するかもしれねぇ危険性を孕むだけだ」


「それは……人から聞いた話、なのか?」


「聞いた話っちゃ、聞いた話かもな」


既にこの世界に誕生して、十年以上が経過しているイシュド(迅)。


この世界での思い出も積み重なっていくことで、徐々に前世の記憶や情報が薄れていくが……ふと考え込むと、意外と思い出すことが出来る。


(学生時代に青春出来なかったであろう人が有名になって、手を出しちゃいけない女性に手を出しちゃうとかしょっちゅうあったしな。後、子供の頃にゲームが出来なくて、大人になってからどっぷりハマっちまうのも似た様な感じか)


抑えつけられるのと自ら禁欲するのとではまた違うが、欲に蓋をするといった点は同じ。


それが爆発した際、何が起こるか……朧気ではあるが、イシュドはなんとなくそういったニュースの……事件の内容を覚えていた。


「だからいっそ、下手に抑えず食らえる物は食らって、糧にすりゃ良いんだよ」


「そ、そうなのか」


なんだか最後、雑に纏められた感が否めないと感じるも、ヨセフは他人の為だけに生き……本来人間が持つ欲を抑え続けるのがどれだけ難しいことなのか、言葉だけの説明ではあるが、喉を通し……飲み込むことが出来た。


「要約すると、道を踏み外さないことが重要ってことなのかな」


「概ねそんな感じかもな……多分」


禁欲の果てに辿り着く境地など、たかが知れている。

そう口にした人物の経歴をざっと思い出す限り、道を踏み外していないのかと問われると言葉に詰まってしまう。


とはいえ、その言葉自体には実際に命を懸けた戦闘を体験した上で、概ね賛成であった。


「………………難しい道、なのだな」


多少の承認欲求などはあれど、ヨセフはこれまで信仰心を持ち、民を救うために騎士に……聖騎士になろうと邁進してきた。


イシュドはその考えや道を否定したわけではないが、その道の究極的な形に関して、ある種それは修羅の道だと伝えた。

決して小さくない衝撃を受け、悲観するような表情は浮かべていないものの、深く考え込み始めた。


(ん~~~~…………ここで、イシュドはそっち側の人間なんじゃねぇの、ってのは言わない方が良いんだろうな)


人の為に生きようなんてこれっぽっちも考えてないフィリップだからこそ、そういった生き方が苦痛だと即断言出来る。


ただ、これまでイシュドから聞いてきた話も含めると、どうも先程まで色々と語っていたイシュドはいわゆるそちら側の人間なのではと思えてしまう。


「僕としては、イシュド君も他人の為に生きると……本当の意味でそれが出来る人間と同じく、生まれながらにそういった人間の様に思えるけど、そこら辺はどう思うんだい」


「「「「「「ッ!」」」」」」


フィリップが気になっていた質問を、あっさりと口にして尋ねたクルト。


なんとなくツッコんではいけない……そんな雰囲気は、クルトも感じ取っていた。

しかし、だからといって、教師として聞かない訳にはいかなかった。


「持ってる側の人間、かぁ…………さぁ、どうだろうな。あんま自分の事に関して深く考えたことはなかったっすけど、強いていうなら武器や魔法、戦いに関する興味は人一倍強かったんじゃないっすかね」


「戦闘に関する内容に関して、他の子供たちよりも興味が強かったと」


「個人的な感覚っすけどね」


転生者であり、前世の世界ではこの世界にある物の大半が空想物だったからこそ、イシュドはそれらに対する興味といった点に関しては、生まれながらに他の子供たちよりも優れていたと言える。


「……強くなる為の訓練に関しても、辛さなども感じなかったと」


「そっすね。まっ、そこに関しちゃあ、他の家と違うところとかあるんじゃないっすか。うちは変なプレッシャーとか受けることはないんで」


戦闘一家ではあるが、変わり種であるが錬金術に興味津々なスアラは珍しいな~と思われながらも、決して家の中で冷遇されているわけではなかった。


聡いスアラはそんな自分は恵まれているのだろうと、なんとなく感じ取っていた。

だからこそ、最低限必要な強さを手に入れる訓練に関しても、手を抜くことはない。


レグラ家は、多くの意味で欲望に忠実に生きられる家と言えなくもなかった。

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