第304話 いざとなれば、出来る
「拳に関してはこんなところか。脚に関しては……基本的に決められる時にしか思いっきり使わない方が良いだろうな」
「体勢が不安定になるからだね」
「解ってるじゃん。あっ、でも個人的に関節を蹴るのは良いかもな」
「脚の関節をですか?」
「おぅ。上手くいけばそれだけで機動力を落せるし、関節蹴りに関しては、人間相手じゃなくて脚のあるモンスターにも有効だから、関節を狙う感覚は養っといて損はねぇと思うぜ」
夕食後の訓練が始まってから、二人はまだ組手やシャドーなどは行っておらず、イシュドがひたすら対人戦に必要な技術を教えていた。
一気に教えるのではなく、まずは一つずつ丁寧に深く教えるのも重要ではあるが、イシュドはアンジェーロ学園に留学したわけではない。
共に行動する時間には限りがあるため、それならば纏めて教えてしまった方が良いという結論に至った。
教えられる内容が多いのは確かだが、ステラはステラで自身が成長出来るチャンスを逃すまいと、高い集中力で頭にインプットしていた。
「後は…………ぶっちゃけ、宙に浮きながらもどれだけ器用に正確に蹴られるかとかが重要だから、どれだけ虚を突いて叩き込められるか。そのタイミングを見極めれば良いと思う」
「解ったわ」
拳に比べて、かなりアドバイス内容が短かった。
これに対し、ベルダはイシュドが蹴りに関して何かを隠しているとは思わなかった。
「次はあれだな。素手どうしの戦いなら、ぶっちゃけ指を……可能なら、相手の薬指を壊せたら、一気に戦況が有利になる」
「薬指を?」
「人間の手ってのは、薬指を握れなかったら、思いっきり握れねぇんだ」
本当なのかと思い、ステラは試しに薬指を握らずに他四本の指を握った。
「ッ……本当に、いつも通りの力で、握れませんね」
「だろ。もしかしたら、人型のモンスターも似た様な感覚があるのかもしれねぇ。仮に素手で戦うタイプのモンスターじゃなくとも、武器を使うタイプなら思いっきり武器を握れなくなるから、それだけで戦力半減……いや、半減は言い過ぎか? まっ、とりま有利に進められるのは間違いねぇだろうな」
「ですね」
五体の中でも、主に拳をメインに使って戦うステラだからこそ、拳に力が入らない……全力で拳が握れないという状況が、どれほど危ないのかよく理解していた。
「可能なら、相手のパンチを捕まえてそのまま指を取って折る。もしくは……肘をなるべく薬指にぶつけるイメージでガードする」
「…………戦いの中で使えるのは、一回か二回って感じね」
「だな。狙ってる気付かれれば、当然相手も警戒する。それを利用して、逆に手痛いカウンターを狙ってくる。でも、確実に成功させるなら……拳を捕まえた瞬間、そのまま腕の飛び乗って、折っちまうってのも一つの手だな」
腕を折る為ではなく、薬指を粉砕する為に飛びついて折る。
どちらの方がリターンが大きいかと考えると、腕を折る方が美味しい。
ただ……技術の差によっては、薬指一つを粉砕するだけで十分戦況が有利になる。
「飛びついて、へし折る……なるほど」
「まっ、折ったり同行するってのは、訓練中にやるのは……サンドバッグになってくれる連中がいれば話は別だけど、なんなら人型のモンスター相手に出来れば良いかもな。サイズ感は違ぇけど、基本的に人間よりも単純なパワーなら上の連中が多いから、そいつら相手に折れるなら大抵の相手の指は折れる」
「……だけど、いつかは人間相手に実践してみないとダメだよね」
「良いじゃん、ちゃんと解ってるな」
当然の事ではあるが、モンスターの指は基本的に人間の指よりも大きい。
つまり、ステラからすれば掴みやすい指。
あまり掴みやすい指ばかりになれてしまうと、今度は人間の小さな指を取ることが出来なくなる。
「サンドバッグになっても良いですってドMマゾ野郎がいねぇなら……盗賊相手にやっちうのが一番だな」
「そうなるね」
盗賊は悪。だから、何をしても構わない……とは思っていないステラ。
過去、本当にそこに堕ちるしかない者と戦い、動揺が重なって手痛いダメージを食らってしまった。
結果的に根性で渾身の一撃で討伐するに至ったが、それでも考えさせられる事実を知った。
ただ、全員がそういった過去を持つ者たちだけではなく、寧ろそういった類の者たち方が珍しいという事実も知っている。
故に、ステラの目標が揺らぐことはなく、人間に対して止めを刺すことに躊躇してしまうようになることもなかった。
「基本的な技術はそんなもんだ。もっと細かい攻撃方法ってのはあるけど、それに関しては下手に覚えたってところだからな…………後、こっちは別の技術の話だが、喉を潰したり、目潰しが出来るかどうか。実戦なら、それが出来るかいなかでも戦況が変わってくる」
「っ……一時的に潰すという訳ではなく、がっつり潰してしまう、ということだね」
「理解が早くて助かる。賭けに出なきゃ倒せない戦いでも、そういう手を使ってダメージを与えることが出来れば、大き過ぎるリスクを背負わずに済むからな」
「………………」
「ふっ、まぁ別にあれだぜ。これも強制するってわけじゃねぇ。ステラがそういう手を使いたくねぇってんなら、それを使わなくても勝てるだけの強さを手に入れれば良い話だからな」
自分でも甘いなと思っているが、イシュドは……ステラであれば、そういった手を使わずとも強くなれる可能性を持っていると思っている。
「けど……お前は、そういう時になれば、勝手に使いそうな気がするけどな」
「始めて男性の急所を狙った時みたいな感覚かな」
「……かもしれねぇな」
いくら強く、異常な狂戦士と呼ばれるほどぶっ飛んだ存在、ザ・ハチャメチャイレギュラーであるイシュドであっても、生物的に雄である以上……そこをぶっ叩かれてしまうと、どうしようもないダメージを負ってしまう。
どれだけ身体強化系のスキルを高めても、基本的に睾丸がガチガチに堅く強化されることはない。
当然……現在では、ステラは容赦なくそこを蹴り飛ばせる人間である。
やはりそちら側の人間だと感じ、イシュドはほんの少しだけ震えた。
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