第277話 また粉砕するだけ

「お疲れさん、イシュド」


「おぅ、結構楽しかったぜ」


「楽しかった、か。まぁ、らしい感想だよな」


戻ってきたイシュドの言葉を聞いて、フィリップは苦笑いを浮かべるしかなかった。


「なんだか、私と戦った時よりも戦る気に満ち溢れていた様に見えて、少し妬けましたね」


「なっはっは!!! そりゃあれじゃね? 会長パイセンがステラのそういう心の火を付けたから、俺との戦いで爆発したのかもな」


「なるほど……それならそれでと思わなくもありませんが……やはり、少し悔しいというかなんというか、といったところですね」


クリスティールは、自分との戦いでステラが本気を出していなかったとは思わない。


そもそもの話、対クリスティールと対イシュドでは、ステラの挑み方も違う。

だからこそ、試合に対する心構えに違いがあった……という事ぐらいは考えられるものの、それでも、クリスティールはほんの少し妬けた。


「それにしてもあれだね~~~。今回の試合では、バーサーカーソウルを使わなかったんだね~~」


「そうっすね」


「打撃戦なら、どこかで使うかも~って思ってたけど、なんで使わなかったの?」


「エリヴェラとの戦いでは、試してみたかったって思いが強かったんじゃないっすかね。でも、ステラとの戦いではただ単純に殴り合ったり、打撃戦を楽しみたかったかんで」


「なるほどね~~……まぁ、私としては、またハラハラドキドキせずに済んだから、それはそれで有難かったわ~~」


アリンダも、これまでの人生の中で、狂戦士の職に就いている者が、バーサーカーソウルを発動するところを見たことがある。


しかし、他の強化スキルをオフにした状態とはいえ、バーサーカーソウルを発動した時にイシュドが放つプレッシャーは、これまで見てきた他の狂戦士たちが放つものと比べても遜色はなく……寧ろ上回っているとすら感じた。


故に、エリヴェラとの試合ではエリヴェラが聖騎士の職に就いているとはいえ、本当に心の底から万が一の事態になりませんようにと、心臓がバクバク鳴りっぱなしであった。


「……それはそれで、どうなるんだろうな」


「ん? 何がだ、フィリップ」


「いや、結果としてほんの少しの間だけど、イシュドはエリヴェラ相手にはバーサーカーソウルを使っただろ」


「そうだな」


「別に友人でも知人でもないから、どうでも良いっちゃ良いんだけど、あっちの戦う聖女さんとの戦いでは使わなかったってなると……あの人、変に嘗められるんじゃないかと思ってな」


フィリップの予想を聞き、一番最初に苛立ちを感じたのは……クリスティールだった。


直接……本気で刃と拳を重ね合わせたからこそ、ステラがこれまで積み重ねてきた様々な経験を感じ取ることが出来た。

だからこそ、彼女が愚かな者どもに嘗められることに苛立ちを感じずにはいられなかった。


「あぁ~~~~……まっ、そういう可能性はあるだろうな。けど、あの人は戦う聖女だろ。なら、あのかてぇ拳を叩き込んで黙らせられるだろ」


「……ふふ、それもそうですね」


バカな事を考えていたと思ったクリスティール。


ステラ・アスティーウ……彼女は強いと、刃と拳をぶつけ合った自分も良く解っているというのに、何故彼女の心の強さまで信じなかったのかと……自分の単調な考えを反省した。


「まぁ、あの人の全力パンチを食らえば、うちの三年生たちでも耐えられる人は殆ど

いないんじゃねぇか?」


「耐えられても、即座に反撃を行うのは難しいでしょうね」


フィリップは当然ながら、耐えられる自信が全くない。

ミシェラも自身の身体能力に自信がない訳ではないが、もしかしたら耐えられるかも……なんて希望的観測すら言えなかった。


「つか、イシュド一回、腹に思いっきり食らってなかったか?」


「あぁ、あれな。いやぁ~~~、久々にいてぇって思ったな。はっはっは!!!」


「いやいやいや、全然笑い事じゃねぇだろ。回復してもらわなくても良いのかよ」


「大丈夫だって。どれも青痣ぐらいで、腹に貰ったやつも内出血ぐらいで済んでるからよ」


それぐらいで、とは思えないフィリップたちが、目の前の男に自分たちの常識は通じないのだと思うと……心配するだけ無意味だと判断。


「んで、次はアドレアスだな」


「ふふ、そうだね」


「気張っていけよ、王子様」


イシュドの言葉に手を上げながら応え、狙っている相手の元へと向かった。





SIDE アンジェーロ学園側


「はぁ、はぁ……」


エリヴェラたちの元へ戻ったステラは治癒師たちからの治療を受けながら、気を失ってしまわない様に魔力回復のポーションを飲んでいた。


「っ……無茶をしますね、ステラさん。破裂はしていませんが、内臓が損傷していましたよ」


「そう、なのね…………当然と言えば、当然かもしれないかな。あれだけ、強烈な前蹴りを受けたものの」


回避出来れば、それが一番良かった。

しかし、タイミング的にもそれが不可能であり、無理に躱そうとすれば、脇腹辺りに食らっていた。

そうなれば……確実に脇腹の骨がバキバキに砕かれていた。


「ステラ様っ……」


「もう、そんな顔しないの。私はちゃんと生きてるのよ? 彼が何かしらの理由でそのつもりなら、もっとあっさり死んでるはずよ」


「っ……ですが」


勿論、それも心配していたヨセフたち。

ただ……彼等はフィリップと同じ考えを思い浮かべてしまっていた。


アンジェーロ学園のトップであるステラが、二度も負けてしまった。


相手がザ・ハチャメチャイレギュラーな存在だからと……言い訳は出来ない。

敗北は敗北である。


自分たちの憧れが、理想が崩れたなどの理由で狼狽えているわけではない。

ただ、バカ共がバカ騒ぎを想像するだけで、腸が煮えくり返りそうになる。


「大丈夫よ。だって……私は、まだ戦ってみたい、もっと戦い続けたい……そんな戦いを体験することが出来たことに、物凄く感謝してる。それに、今回の結果が影響して挑んでくる人がいたら、これまで通り……己の拳で倒すだけだから」


今でこそ、戦う聖女と呼ばれ、多くの者から憧れの対象とされているステラだが、これまで何度も逆風に襲われてきた。


だが、その度に鍛え上げ、積み重ねてきた己の拳で粉砕してきた。

ステラにとって、一度粉砕してきた逆風を、もう一度粉砕するだけである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る