第275話 そこは負けてない

「ウォーミングアップは、必要か?」


「いぃえ……クリスティールさんとの試合の熱は、まだ消えてないので大丈夫です」


「そうか……俺も同じだ」


エリヴェラとの試合で燃え上がった熱が、まだ消えていない。

自分の事ではないと解っているが、後輩の事を褒めらて嬉しいステラは、小さな笑みを零した。


「では、戦りましょうか!」


「おぅ、そうだな!!!」


ステラは両拳を上げ、アップライトの構えを取る。

対して……イシュドは右拳を上げ、左拳を腹の辺りに構え、デトロイトスタイルの構えを取る。


(ジャブ狙い……でしょうか)


当然だが、この世界にボクシングというスポーツ……格闘技はない。


試合、戦闘という場ではロングソード、槍、双剣、戦斧など、武器を使えば容易に拳よりもリーチが長くなる。


その為、まだまだ拳を使った戦闘スタイルに関しては、身体能力に頼るところが多い。

対して……イシュドは前世で格闘技こそしていなかったが、それでも多くの漫画は読んでいた。


知識が身に付いたからといって、実行出来る訳ではない。

ただ、イシュドの実家、レグラ家には……知識を体に浸透させ、実行出来るまで試し続けられる環境があった。


「シッ!!」


「っ!!」


まだ、イシュドの拳がステラに届くまでには距離がある。

だが……イシュドは最適なフォームで、美しさすら感じる動きでジャブを放ち……空を叩いた。


結果、衝撃波となり、ステラの元まで届いた。


間一髪のところで避けるも、そのあまりにも正確な遠距離ジャブに、ステラは薄っすらと寒気を覚えた。


「まだまだいくぜ?」


放つ、放つ、放つ放つ放つ。


連続で空を叩くジャブが繰り返され、いくつもの空弾がステラに襲い掛かる。

当然、これはボクシングではないため、空弾は上半身だけではなく、下半身に繰り出される。


(本当、に! 恐ろしい、ほど、正確な、衝撃弾、ですね!!)


ヨセフとの戦いっぷりや、エリヴェラとの戦いっぷりからは見当もつかない。

徒手格闘を軸として戦うステラだからこそ、よりイシュドがジャブを放つフォームが美しいと、空弾の精密性に冷や汗を感じる。


それでも、まだイシュドがギアを上げ切っていないということもあり、今のところ防御という手段を取らず、全て躱していた。


(っ、っと、ふっ、くっ……っ! 今ッ!!!!!!!!)


狙いが下半身から上半身に移るリズム、タイミングを見極め、お返しと言わんばかりに今度はステラが思いっ切り空に右ストレートを叩き込んだ。


「ハハっ、良いね!!!」


イシュドが連続で放っていた空弾がピストルだとすれば、ステラが思いっ切り力を込めた空弾はバズーカ。


複数の空弾を飲み込み、イシュドにまで届きうるが……イシュドは笑みを浮かべながらその場で右ストレートを放ち、バーズカ空弾を撃砕した。


「さっすが、戦う聖女様だな」


「そちらこそ、狂戦士とは思えない……美しさを感じさせるフォームと精密さですね」


「はっはっは! よせやい。美しいなんて言葉、俺にはクソ似合わねぇよ」


イシュドの言葉に、アンジェーロ学園のヨセフたち……ではなく、イシュドと同じフラベルト学園の面々がうんうんと頷いていた。


「まっ、軽い遊びはこの辺で良いか」


「ですね」


二人はアップライト、デトロイトスタイルの構えを解き、軽く……その場で何度も跳び始めた。


「「………………ッ!!!!!!!!!!」」


相撲の様に互いの呼吸が合った瞬間、二人はその場から駆け出した。

次の瞬間、強烈な衝撃音が室内に響き渡る。


二人が放った攻撃は……なんと、右のハイキック。

ジャブやストレートではなく、まさかの蹴り技。


(ハハッ!! こっちも鍛えてんじゃねぇかッ!!!!!)


重拳家という職業の特性上、やはり一番威力の高い打撃は拳にる一撃。


故に、中には蹴り技を軽視する者が一定数存在する。

だが……ステラは身を持って理解していた。

筋肉量がどうたらという細かい話は知らない。ただ、拳を腕でガードした時よりも、蹴りを腕でガードした時の方が強い衝撃を食らってしまう。


だからこそ、拳による攻撃だけに重点を置かず、蹴りも……肘を使った攻撃なども怠らずに訓練、実戦でも使っていた。


「しゃオラッ!!!!」


「せぇやアアアアッ!!!!」


そこからは拳、蹴り、肘、膝……様々な打撃攻撃が入り乱れる超格闘戦が繰り広げられた。





「イシュドの奴……楽しそうに戦ってんな~~~~」


「……そう、だね」


友人が心の底から笑いながら戦っている光景に、フィリップも釣られて笑みが零れていた。


だが、隣に立つ同じく友人のガルフは……悔しそうに表情を引き締め、拳を握る力が強まっていた。


「……なっはっは!!!! あれだな、ガルフ。お前、本当にイシュドの事が大好きだな」


「? イシュドの事は尊敬してるけど……」


「尊敬してるだけなら、そんなに悔しそうに拳を握りしめねぇだろ。なぁミシェラ」


「私はガルフの気持ち、解りますわよ」


訊く相手を間違えたフィリップ。


ミシェラも、クリスティールが自分以外の相手と……付け加えるのであれば、自分以外の双剣使いと戦い、心の底から楽しそうな表情を浮かべていれば、ガルフと同じ様な表情を浮かべる自信しかない。


「そうかよ……まぁいいや。ガルフ、お前は聖騎士じゃねぇし、徒手格闘に優れた重拳家じゃねぇんだ」


「強味が違うから、嫉妬したり、悔しがる必要はない……っていうことだね」


「そういうこった」


友の助言を受け……ひとまず、ガルフは握りしめていた拳を開いた。


(つっても、ガルフにとってイシュドがどういう存在かってのを考えれば、悔しがるなってのも無理があるか…………三次職で、どんな職に転職するか次第だろうな~)


エリヴェラやステラに対して嫉妬に近い感情を持ったガルフだが、ガルフはガルフであのイシュドすら体得出来ていない力……闘気を有している。


潜在能力という点に関しては、全く負けていなかった。


(それでも……とりあえず今は、俺らがあそこまでイシュドとバチバチに戦り合うのは……無理だろうな)


元々暖まっていた熱が更に火力を増し、完全にギアが上がった二人の打撃戦は更に激しさを増していた。

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