第253話 鏡を見れない

「お疲れさん、イシュド」


労いながら、フィリップは先程放り投げられた瓶をイシュドに返す。


「いやぁ~~、マジで世の中あんな奴がいるんだな。マジで面白かったぜ」


「まぁ……同感っちゃ同感だな」


魔力を纏うのを止め、バーサーカーソウルを発動した。

そんなイシュドが放つスキルレベル四の技を……エリヴェラは見事耐え切った。


押されに押されて壁に激突することなく、ギリギリのところではあるが、見事耐え切った。


(あの攻撃は……ダスティンパイセンであっても、耐え切れなかっただろうな)


フィリップは他校のゴツい先輩を思い出すも、耐久力高めな先輩であっても先程イシュドが放った攻撃を耐えきれると思えない。


「治癒いたします」


「あざ~っす」


エリヴェラの治療を終えた治癒師がイシュドの元に到着し、直ぐに切傷や青痣を治していった。


(……あのイシュド君にこれほど多くの切傷、青痣を与えることが出来たエリヴェラ君が異常なのか、それとも聖騎士による聖剣技、聖光を纏った攻撃を受けてもこの程度で済んでいるイシュド君が異常なのか………………どちらも異常、というのが正しいのでしょうね)


普段であれば、やっぱりイシュドが異常だよなという結論に至る。

しかし、クリスティールは目の前で行われた試合を振り返り……イシュドだけではなく、やはり対戦相手であるエリヴェラも異常と言える強さだったと感じた。


「…………」


(……ふふ。やっぱり、嫉妬してしまうところはあるでしょうね)


少し、険しい表情を浮かべているガルフの顔を見て、クリスティールは小さな笑みを零した。


(イシュド君が心の底から、大声でエリヴェラ君の事を認めているからか……それとも、イシュド君が試合終わりに、自身が使っていた聖剣と盾を渡したからか)


尊敬する男が、自分以外の人物を大きな声で褒めていた。

それに対してどうこう言うほど、ガルフの器は小さくなく、クソメンヘラ狂信野郎でもない。


だが……ガルフも人間である以上、どうしても嫉妬心というのは生まれてしまう。


加えて、今回イシュドが大きな声で褒めた人物は、自分と同じ高等部の一年生。

貴族と平民という差はあれど、それでもガルフがライバル心を燃やすには……十分な理由だった。


(……良い顔をしてるな。しかし、そうなると彼がアンジェーロ学園の学生というのが惜しいね)


熱烈なライバル心をエリヴェラに向けるガルフを見て、シドウは非常に好ましい状況だと感じた。


ガルフにとって、イシュドは今のところ憧れに留まっている。

もっと強くなって……横に並び立って一緒に戦いたい。そんな憧れの相手である。


そんなイシュド以外の面子……フィリップやミシェラ、イブキやアドレアスたちは……あくまで友人、学友といった存在。

勿論、日々行う模擬戦や訓練の中で、負けてもいいと思ったことは、一度もない。


だが、ガルフにとってフィリップたちは……ライバルと言うには、少し違う存在だった。

同年代であれば、他にも他学園の生徒であるディムナという優れた戦闘力を持つ学生がいるものの……ガルフの中では、いまひとつ自分にとってどういう存在なのか解らない同級生。


(彼が傍に居れば、ガルフ君は更に早く前に進めると思うんだけど……まぁ、難しいよな)


刺激し合える存在が隣にいてこそ、成長出来る。


そんなシドウの考えは、教職に就いている者であれば、ある程度理解出来る。


二次職で聖騎士に就いているエリヴェラからしても、イシュドですら体得出来ていない闘気を扱うことができ、更には応用技術である護身剛気まで会得しているガルフは、非常に良い刺激になる。


少なくとも……今回交流会に参加している同級生のヨセフ・ドメニコ、ローザ・アローラより良い刺激に……高め合える存在になるのは間違いなかった。


(フレア様たちみたいに留学してくれば……って言うは、さすがにイシュドが嫌がるんだよね。多分、本当にそうなれば留学して来るのはエリヴェラ君だけじゃないだろうし)


シドウの考え通り、仮にエリヴェラがフラベルト学園に留学することになれば、他の一年生たちも何名が留学してくることになる。


それはイシュドにとって望むところではなかった。


(そもそも……二次職で聖騎士に就いた、稀も稀な逸材を……よっぽどの理由が無ければ、国外に出すことはないだろうな)


本当に惜しいと思いながらも、一臨時教師であるシドウがどうこう出来る事ではないため、素直に諦めた。


「あなた、本当にバカですわね」


「んだよデカパイ。ちゃんとエリヴェラの奴は生きてただろ」


「学園同士が何かを懸けた戦いなどであればまだしも、これは交流会ですのよ」


「ちゃんと盾も使う聖騎士なんだから、大丈夫だろ。それにバーサーカーソウルを使っただけで、魔力を纏ったり他の強化系スキルは使ってねぇんだしよ」


「………………はぁ~~~~~。鏡で見れないからこそ、解らないのでしょうね」


普段であればイシュド側に立つフィリップやガルフも、この時ばかりは苦笑いを浮かべながらミシェラの言葉に同意した。


イシュドがバーサーカーソウルを使う場面を、ミシェラたちは何度か見たことがある。


この男は、素の状態であっても悪魔の様な、悪鬼の様な狂気的な笑みを浮かべることはあるが……バーサーカーソウルを使った状態でそんな笑みを浮かべれば、本当に悪魔や悪鬼のそれである。


それ相応の身体能力や技術が備わっていようとも、バーサーカーソウルを発動したイシュドが他者に与える圧は並のプレッシャーではなく……最悪、メンタルが圧されて対応をミスし……お陀仏になる可能性もゼロではない。


「うっせうっせ。お前らも戦れば解るっての。あれだけぶっ放しても耐えられるやつだってな」


ここだけ聞くと、丁度良いサンドバッグと思っている様に捉えられるが、イシュドは本心からエリヴェラの事を褒めてるつもりだった。


「つか、次は誰と誰が戦んだ?」


目当ての学生と満足のいく戦いが出来たため、イシュドは観戦モードに入っていた。


「……では、私が戦りましょうか」


先程からある学生と視線がかち合っていたクリスティール。

相手も同じ気持ちであり、両者共に声を掛け合うことなく……開始線へ向かった。

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