第216話 異なる一撃
「おいおいおい……イブキ、こういうのはお前の大陸で、棚から牡丹餅? って言うんだったか?」
「良く知っていますね。しかし、油断は出来ません」
「だろうな!!!!!」
フィリップたちがレブラに到着してから、既に五日が経過していた。
その間、探索して遭遇したモンスターを討伐し、休息を挟んでといった生活を送っていた。
そんな中、一行はいきなり目当てのミノタウロスと遭遇した。
幸運であった。
ガルフたちは一時間ほど前に昼休息を取ったばかりであり、体力魔力、共に申し分ない状態。
加えて……何故か、鉢合わせたミノタウロスの体にはいくつもの傷跡があり、血をだらだらと流していた。
「ガルフ!! 構わねぇよな!!!!」
「うん、勿論」
怪我を負っている。
怪我を負う程の敵と戦ったのであれば、魔力も消費しているだろう。
どう見ても、万全の状態ではない。
四人にとって有利な状況からのスタート……それは、ガルフの望むものではなかった。
では、ここは見逃して後日再度探して戦う?
そんな選択肢は……あり得なかった。
(僕はまだ、弱い)
イシュドであれば、そんな行動を取れたかもしれない。
ミシェラ辺りがバカかと、アホの世界王者かとツッコむかもしれないが、それでもイシュドなら倒せるという安心感、信頼がある。
だが、ガルフはイシュドではない。
ガルフ自身、それを良く理解している。
「フィリップ!! ミノタウロスが来た方向から、冒険者たちが来るのか、少しの間確認をお願い!!」
「あぃよ!!」
「ブルゥアアアアアアアアアッ!!!!!」
切傷、爪傷、火傷まで負っている。
先程戦闘が終わったばかりなのか、まだ体から血が流れている。
そこを更に攻撃すれば、更に出血量を増やすことが出来る。
ただ……先程まで戦闘を行っていたからか、ミノタウロスは冴えていた。
普段のミノタウロスであれば、幼さが残る人間が四人程度、自分の前に表れたとしても、最初は驕りを見せていた。
ミノタウロスの実力、それまでこの個体が歩んできたモンスター生を考えれば、それも致し方ない。
だが、怪我を負うほどの戦闘を終えたばかりのミノタウロスは非常に冴えており、戦意や殺意をぶつけてきたイブキたちの戦力を直ぐに把握した。
「ル、ゥアアアアアアッ!!!!!」
「ぐっ!!!!」
目の前の人間たちには、自分を殺せるだけの戦力がある、攻撃力を有している。
見下していれば……殺られる。
ミノタウロスは最初から魔力を消費し、持ち手の長い大斧に雷を纏い、全力で振るう。
それを予定通り対処しようと、受け流しの構えを取るも……上手く流し切ることが出来ず、衝撃が体に残った。
(もっと、もっとタイミングを見極めないと)
物理攻撃を受け流すという技術も、日々積み重ねているガルフ。
イシュドの仮想ミノタウロスを相手にも行っていたが、当然ながら百発百中の勢いで成功してはおらず……これまた残酷の事実ではあるが仮想ミノタウロスと本物のミノタウロスが振るう大斧の重さやタイミング、速さは異なる。
「大丈夫かい、ガルフ」
「えぇ、問題ありません、アドレアス様」
問題無いと言い切るガルフ。
しかし、アドレアスは表情や最初の受け流し時の様子などから、本当に問題無いわけではないことを見抜いていた。
(交代制で変われるのであれば、変わりたい。しかし、あれはガルフ君にしか、出来ない仕事だ)
ガルフの仕事は、今回の戦いにおいてアタッカーたちよりも重要な役割を担っていると言っても過言ではない。
そしてその仕事は、イブキやアドレアス、フィリップが変わろうと思っても変われる仕事ではない。
それはやる気などの問題ではない。
ガルフの身体能力に加えて、闘気を纏うことによる身体能力の向上。
その力、耐久力があってこそ、万が一の危険性を考慮し……ミノタウロスに対してタンクという役割を担える。
(であれば、私はなるべくミノタウロスが大斧を振るえないように、もしくは早い段階で、軌道がズレるように、しなければ)
細剣に旋風を纏い、アドレアスは一発一発……全力の殺意を込めて突きを放っていた。
生半可な一撃では、自身に意識を向けることは出来ない。
外れる可能性を考慮して、連続突きを行った方が良い?
それも遭遇する前までは一つの選択肢として考えていたが、実際にミノタウロスという暴牛の化け物と遭遇し……そのようなチマチマした攻撃を放ったところで、意に介さず暴れ回ると確信。
「ッ、ルゥゥゥアアアアアアッ!!!!!!」
「フッ!!!」
「っ!!?? ッ、アアアアアアッ!!!!!」
絶秒に離れた場所から鬱陶しい攻撃を仕掛けてくる人間を潰そうと動いた瞬間、腹部に鋭い痛みが走る。
(浅かったか)
深くはないが、それでも悪くないダメージを与えたのはメインアタッカーのイブキ。
刀による斬撃はミノタウロスの意識の隙間を縫うように放たれ、切傷を増やした。
(でも、悪くはない)
可能であれば太い腕を、脚を切断したい。
しかし、踏み込み過ぎれば手痛い反撃を食らってしまう可能性が高い。
ガルフがどこまでタンクとして動けるかという心配はあれど、無理して今よりも深く踏み込み、イブキが危機に晒されて陣形が崩れれば本末転倒。
イブキは仲間たちが生み出した隙を見逃さず、冷静に……淡々と刀を振るい続ける。
(どうやら、冒険者たちと戦り合ってた訳じゃないみてぇだな。ってことは……マジで一部のモンスターを従えてたけど、反逆……下剋上? されたのかもしれねぇな)
ミノタウロスとの戦闘が始まってから数十秒、フィリップは周囲の警戒を行っていたが、接近者は一人もいなかった。
そしてミノタウロスが自分たちと遭遇しても闘争という選択肢を取らなかったことから、つい先程まで行っていた戦闘に勝利したのだと把握。
それらの状況から、まさかの自分たちが予想していた内容が当たっていたのかもしれないと確信が強まり……悪くない状況だと思い、小さな笑みを零した。
とはいえ、フィリップもアドレアスと同じく実際に対面したミノタウロスの強さをひしひしと感じとており、直ぐに笑みを引っ込めて本格的に三人のサポートを始めた。
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