第188話 勝手に自分のケツを叩く

「ふぅ~~~~……今後は、未知のモンスターかもしれない調査系の依頼は断る様にしておくか」


「えぇ~~~、なんでだよバイロン先生~~。そんなの、他の連中にやらせず、俺らが受ければ良いだけじゃん」


バイロンの頭にも、ガルフたちと同様にSランクという存在が頭の中に浮かんだ。


少なくとも、あのイシュドが成長具合によっては、現段階ではおそらく勝てないと口にした。

それだけで教師であるバイロンが調査系の依頼を断ろうと考えるのは……至極当然であった。


「イシュド……お前はもう少し、自分の命を大切にしたらどうだ」


「それはまぁ、大事かもしれないっすけど、この間の戦いでレベルアップしたし……なにより、逆境とも言える戦いを勝ち抜いてこそ進化できるってもんじゃないっすか」


「……成長ではなく進化、か……それはお前の場合、四次職への転職、という意味ではないのだろう」


「そうっすよ。バイロン先生やシドウ先生だって、俺が言いたいこと解るでしょ」


「「…………」」


解る。

ガルフたち四人と比べて多くの戦闘経験を積んできている為、イシュドが何を言っているのか……残念ながら解ってしまい、ついでに納得出来る部分もあった。


「つっても、うちの領地以外の場所であぁいう個体がポンポンいたら、それはそれでクソヤバいんでしょうけどね」


「……お前たちが戦った個体は、場合によっては街一つを落せるんだったな」


「あれだけ知能、思考力が高いモンスターは珍しいと思うっすけどね」


「…………三年生たちでも、敵わないか」


「クリスティールパイセンレベルの人が四人いれば、途中までの鬼竜・尖であれば殺れるんじゃないっすか? 鼓動をコントロールした状態なら逆に殺されてると思うっすけど」


ハッキリと、学生の中では自分でなければ勝てる者はいないと断言した。

しかし、まさにその通りであるため、誰も反論する者はいない。


「イシュド。お前が、これから騎士になる者たちへアドバイスを送るのであれば、一番のアドバイスはなんだ」


可能であれば、イシュド直々に来年には卒業する生徒をしごいて欲しかった。


ただ、先日同級生から大金を積まれたにもかかわらず、似た様な頼みを断った事をバイロンは忘れていない。

仮に……イシュドが納得したとしても、三年生全員の料金を払うとなれば……学園の資金に特大のダメージ。


そもそも金を用意しても納得してくれる性格ではないと解っているため、バイロンはイシュドの考えだけでも引き出そうとした。


「……教師も大変っすね」


「答えたくなければ、答えなくとも構わない」


「ふふ、別にそれぐらいの質問には答えるっすよ。まぁ……あれじゃないっすか。騎士や魔術師としての生活を送るなら、いずれはどこかでヤバい敵と遭遇する。その時、それ相応の実力や手段を持ってなければ死ぬ。そう…………死ぬんですよ」


「もっと、死の恐怖に怯えた方が良いと……そういう事か」


「個人的な感想っすけどね。いやあれっすよ。ほら、騎士道精神的には死を恐れてはならない!!! みたいな考えもあるんでしょうけど」


異常な狂戦士であるイシュドとしても、死ねば強敵との熱い戦いが出来なくなり、上手い料理が食べられなくなるため……死に対して、一定の恐れは持っている。


「でも、そういう怯えが勝手に自分のケツを叩いてくれるんじゃないかって思うんすよ。つっても、あんまりビビり過ぎるのはちょっとあれっすけど……そこら辺は自分で丁度良い塩梅を探してくれって感じっすね」


「……それは、誰かから教わったのか? それとも……経験か」


「どっちもっすね」


イシュドは実家に仕える騎士、魔術師たちと基本的に仲が良い。

レグラ家に仕えていることもあって、彼らの実力はなみではない。


ただ……レグラ家の領地に潜むモンスターたちもまた並ではなく、それなりに仲が良かった者の訃報を聞いたのは……一度や二度ではない。


「夢や希望、未来に期待して動くのも悪くないっすけど、怒りや嫉妬、屈辱や焦り……不安みてぇな負の感情が人を奮い立たせることもあるっすからね」


「それも、実体験か?」


「いや、これは身内の経験っすね。ほら、実家に従兄弟とかいるんで、そいつら見てると何となく伝わってきたと言いますか」


「……そうか。良い話が聞けた」


「それなら良かったっすよ」


少なからず、バイロンには迷惑を掛けているという自覚があるため、役に立てたのは嬉しかったイシュド。


「バイロン先生。未知のモンスターへの調査といった内容の依頼、また届けられたら是非とも受けたいです」


「むっ…………イシュド。お前は友人を厄介な方向に育てていないか?」


「えぇ~~、人聞き悪いっすよ~~~。俺はただ模擬戦を繰り返して、偶にアドバイスしてって感じで一緒に訓練してるだけっすよ」


良い意味で、覚悟が決まっている眼をしているガルフ。


やけくそではない、今回自分たちだけで仕留められなかった悔しさからのリベンジ……そういった感情だけではない事をバイロンは感じ取れた。


理不尽を越える為に挑戦する。

先程イシュドが言った、逆境でこそ成長出来る……冷静に、それを実行しようと心が定まってしまっている。


「……フィリップ。お前たちはどう思っているのだ」


「なんかもう、今更って感じっすよ。ここで退くって選択肢は、めんどくせぇっすけど、俺の中にはないっすね」


「退くという選択肢はない。それだけは、このバカと同じですわ、バイロン先生」


「シドウ兄さんには心配を掛けると思いますけど、私も同じです」


フィリップは置いておき、ミシェラとイブキに関しては、先日の戦闘で明確に悔しさが残っていた。


「ふっふっふ。構わわないよ、イブキ。ちゃんと生きて帰ってくれたら、教師としても……兄としても、文句はないよ。ですよね、バイロン先生」


「…………そうだな、シドウ先生」


生徒たちが飛躍しようとしている。

教師としては応援すべきなのだが、飛躍した先に死が待っているかもしれないと考えると、バイロンとしては変わらず頭痛の種だった。

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