第171話 どうかそのままカッコよく

視線が、集まる。


ガルフ、フィリップ、ミシェラ、イブキ。

全員経験したことがあるが……ここは、イシュドの実家の冒険者ギルドではない。


「ありゃあ……学生服、ってやつか?」


「学生ぃ~~? つまり、あいつらは貴族のガキか?」


「貴族が冒険者ギルドに何の用かしらね」


学生服。

それを身に付けているだけで、貴族の令息や令嬢という正体はあっさりとバレてしまう。


加えて……冒険者たちにとって、貴族の子供というのは、総じて印象があまり良くない


(お、思ってた以上に、視線が痛いな~~~)


五人の中で、立場的に全く貴族の子供や関係者ではなく、ザ・平民であるガルフに

とっては、突き刺さる視線は中々にくるものがあった。


「すいません、ちょっと良いですか。俺ら、王都の学園から来たんですけど」


「そうでしたか、本日はどういった御用でしょうか」


ギルドの受付嬢たちにとっても、貴族の子供……学生というのは、あまり良い印象がなく、揉め事の種という印象が強い。


しかし、それはそれでこれはこれであり、受付嬢としてしっかり仕事をしなければならない。


「オーガとリザードマン、両方の特徴を併せ持つモンスターについて話を聞きたくて」


「「「「「っ…………」」」」」


イシュドが尋ねたい内容を口にした瞬間、受付嬢だけではなく、ギルドのロビー全体がピリッとした空気に包まれた。


「ちっ、貴族のガキがいったい何の用だってんだ」


決して大きな声ではなかった。

だが、静まり返った空気の中では、少し離れた場所にいるイシュド達の耳まで確かに届いた。


「……実は、俺たち学園の方でその生物について調査の依頼を受けたんですよ。だから、どういった場所に生息してるとか、そういった情報を先に知っておきたくて」


イシュドは自分たちを小バカにするような発言を口にした冒険者を相手にせず、受付嬢に事情を伝えた。


「かしこまりました。少々お待ちください」


受付嬢が情報が書かれた紙を取りに一旦離れると……その間に、先程小バカにする様な発言をした冒険者とは別の冒険者がイシュドたちの元へやって来た。


「……俺らに、何か用かな」


メンバーにステイのジェスチャーを送り、リーダーらしく一歩前に出て対応しようとする。


「お前たちは、あの存在に挑むつもりなのか」


声を掛けてきた冒険者はイシュドたちとそこまで歳が変わらない人族の青年であり、人族の中ではがっしりとした体格を持っている。


「挑むかどうかは、その時になってみねぇと解らなねぇかな」


勿論戦う気満々のイシュドだが、仮に……仮に噂のオーガとリザードマンの特徴を併せ持つモンスターの強さが先日戦った人の言葉を喋るリザードマンキングより上だった場合……一応調査なので戦いはする。


ただ、ガルフたちには一切手を出させず、自分一人だけで戦い、状況に応じて戦闘続行か退避を選ぶ。


どれだけバトルジャンキーなイシュドであっても、今現在……本当に死んでも戦い続けるべきか否か、その判断は出来る。


「……止めておいた方が良い」


「ふむ………………それは、どうしてだ?」


予想外の忠告。


そんなてめぇの意見なんぞ知るか!!!!!! とはならず、イシュドは大人しく次の言葉を待った。


「折れるからだ」


「ほ~~う? 死ぬから、ではなく折れるから、ねぇ…………つまり、あんたは実際にオーガとリザードマンの融合体? みたいな奴と戦った経験があるってことか」


イシュドの最後の言葉に、声を掛けてきた青年冒険者……だけではなく、ロビーにいる冒険者たち、全員が同じように苦い表情を浮かべた。


「どうやら、噂の個体は冒険者と戦っても、殺さずにある程度戦うと見逃すようです」


「?」


情報を纏めた洋紙を持って戻って来た受付嬢。


「言葉の意味そのままでございます。噂の個体は冒険者達……どうやら騎士とも戦ったことがあるようですが、どの戦いでも対峙した人間を殺してはいないようです」


「へぇ~~~~~、そいつはまた……はっはっは!!! 随分と面白い個体っすね」


「「「「「「「っ!!!!!」」」」」」」


他意はない。

面白いという感想に他意はないのだが、命懸けの戦いを行ったにもかかわらず、見逃されるという屈辱を味わった冒険者たちからすれば……喧嘩を売ってると受け取られてもおかしくない。


「イブキの国の……大和の方では、武士道精神がある……って感じ、ではないか?」


「そうですね。無益な殺生を好まないという点に関しては近しいかもしれませんが、命を懸けて戦った相手に対する態度としては……」


「何はともあれ、戦った相手を見逃すなんて余裕綽々な野郎だな」


「ロングソードをメインで扱うようですが、槍や手斧を使うこともあるようです」


「それまた随分と器用な個体だな~~~」


受付嬢から教えられた内容を聞き、イシュドは益々オーガとリザードマンの融合体に対する興味が湧き上がってきた。


「けど、確かに俺ら人間からすれば、心を折りに来てるって表現が正しいな」


「……へらへらと笑っているが、そんな自分の姿を想像出来るか」


「……………………」


自分に向けてくる両眼を見れば、相手が本気で自分たちを心配しているのか、それとも喧嘩を売っているのか……イシュドは解る。


「ふ、ふっふっふ……はっはっは!!!!!!!!!」


「っ!?」


「「「「っ!!??」」」」


いきなり笑い出すイシュドに、声を掛けてきた青年だけではなく、ガルフたちも驚かされた。


気でも狂ったのかと思うも、割と一般常識から離れたあれこれを持っているため、元から狂っていると言えなくもない。


「あんた、随分珍しいな」


「な、何がだ」


「普通はそこの面倒な連中みたいに貴族のガキやメスガキが調子に乗ってんじゃねぇって、陰口だけ叩くのがセオリーだろ」


先程小バカにするような言葉を口にした冒険者や、他の冒険者たちが席から立ち上がるも、イシュドが構わず言葉を続けた。


「にもかかわらず、あんたはわざわざ俺たちの心が噂の個体と戦って折れないかを心配してくれた……バカな貴族たちからすれば余計な心配だって思うだろうけど、俺は素直に嬉しかったぜ」


「い、いや、それは……どう、も」


「俺、冒険者の知り合いが多いからあれだけど、本当にカッコいい冒険者ってのは、あぁして貴族相手に陰口叩いちゃったり、上から目線で絡もうとするのがカッケーーーって思ったりせず、今のあんたみたいに助言を伝えたり、時には下手に絡まず大人してるもんだ」


「ど、どうも」


青年は照れ、陰口を叩いていた連中は怒りの感情が湧き上がるも、正論パンチを食らったが故に、青年と同じくやや顔を赤くするだけでその場から動けなかった。


「どうかその気持ちを忘れず、カッコいい冒険者であり続けてくれよ」


「は、はい!!!!」


自分と同年代、もしくは歳下にしか見えない。

そんな目の前の青年が……彼には雄大な背を持つ大人に見えた。

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