第170話 背を押すのが役目

「ったく、吞み過ぎだっつ~の」


「…………」


「感情が激しく上下した結果、とも言えるでしょう」


イシュドは若干頬が赤いものの、今からでもバチバチに戦えるぐらい平常心を保てている。


そしてイブキもある程度量を調整しており、同じく頬が軽く赤くなる程度で済ませており、今から輩に絡まれたとしても、即座に対応が出来る。


「つまり、酔いが回ったっつ~ことだろ」


ミシェラはというと……あの後もそれなりに度数が高いカクテルを呑み続け、完全にぶっ倒れてしまった。


今現在、イシュドに背負われながら移動している。


(やっぱりデカパイだな~~~~……どうせなら二人を宿に送り届けた後、もう一回戻ってくるか?)


童貞ではないイシュドにとって、万乳を押し付けられた状態など、寸止めされている状態と同じ。


「それにしても……やはり、イシュドは物事を深く考える力が凄いですね」


「そうか? 別に他の奴らが眼を向けない部分や、眼を逸らしてる部分を見てるだけだと思うぞ」


そういった部分に気付けるだけで、イブキからすれば自分たちとは思考力が違うと感じさせられる。


「まっ、あれだ。俺は俺で、二人があそこまでガルフの事を考えてくれてるのは、素直に嬉しかったけどな」


「私は既にガルフの事は友人だと思ってるので」


「そうか…………でもな、強くなるって事に関しちゃあ、俺は基本的にあいつの背中を押さなきゃならねぇんだよ」


物事を深く考えることが出来る。様々な視点から物事を見ることが出来る。


しかし、どんな事でも実行出来る全知全能な力はない。


「軽く心配するぐらいは構わねぇだろうけど、基本的には前に進む方法を教えてやるのが俺の役目だ。だから、イブキやデカパイみたいにガルフの事を心配してやってくれる奴がいるのは嬉しいんだよ」


「ふふ……なんだか、あれですね。イシュドはガルフにとって友人でもあり、兄のような存在かもしれませんね」


「兄? まぁ一応実際に弟と妹がいる訳だし…………どうなんだろうな」


いかに学生離れした圧倒的な実力を持つイシュドであっても、読心術までは出来ない。


だが……ガルフが自分に並び立とうという向上心を持っている事だけは解っている。

イシュドにとっては、それだけで十分だった。



「い、痛いですわ」


翌朝、睡眠時間は十分に取ったものの二日酔いに襲われ、表情を歪ませるミシェラ。


「おいおい、なんか珍しいじゃん。つか、昨日そんなに呑んだか?」


フィリップの記憶が正しければ、先日の夜はエールしか呑んでいなかった。


「夜にちょっと出かけてな。バーで呑んでたんだよ」


「えっ!! マジかよ……んで誘ってくれなかったんだよ~~~」


「なんでって、フィリップは大浴場から戻ってきたら、速攻で寝ただろ」


「そういえばそうだったような……というか、二人……もしかしてイブキも一緒か? なら、三人で何話してたんだよ」


自分を誘ってくれなかったことに関して、それはそれで文句はあれど、珍しい三人組で何を話していたのか……それはまたそれで気になる。


「別に大した事は話してねぇよ。昼間のガルフが速攻で人質を取った盗賊に仕掛けたのは良い判断だったな~って話してただけだ」


「っ……他にも、良い方法があったかな」


「いや、ねぇんじゃねぇの」


先日の自分の話題だったことに、ほんの少し震えるガルフに対し、イシュドはお前の判断は間違ってなかったと即答した。


「そ、そうかな」


「そうだと思うぜ。仮に俺があの場にいても、同じように速攻で動くだけだからな」


「イシュドならどう動くんだ?」


「ん~~……相手が反応出来ねぇ速さで動くか、足裏から魔力を伸ばして地中を通して、盗賊をケツからぶっ刺すとかだな。二番目は焦ってる奴はほど効果的だな」


魔力の刃をケツから突き刺すという光景に、ガルフも含めてイシュド以外全員吹き出してしまった。


「い、イシュド!! 食事中ですわよっ!!??」


「……バカだな~~~。今自分が二日酔い状態だってこと忘れてたのか?」


誰のせいで大声を出すことになったんだとツッコみたいところだが、さすがに同じ事を繰り返すほどミシェラもバカではなかった。


何はともあれ、ミシェラがうっかりリバースしてしまうこともなく朝食を食べ終え、一同は再び目的地に向かって出発。


そして……ようやく目的の街に到着。


「う~~っし、宿探すぞ~~」


イシュドたちは初めて訪れる街に対して……特に驚きはなかった。


フィリップやミシェラ、イシュドは親が治める領地や街がそもそも広く、イブキも似た様なタイプであり……ガルフもここ半年近くは王都やレグラ辺境伯が治める街に滞在していた為、特に大きな驚きはなかった。


「い、イシュド。ちょっとこう……宿のレベルが高く、ない?」


「だ~いじょうぶだって。金ならあるんだから、そういう心配はしなくて良いんだよ」


他三人も特に異論はないため、訪れた街のなかっでもトップクラスの宿に宿泊することが決定。


「んじゃ、早速情報を集めに行くか」


向かう場所は……勿論、冒険者ギルド。


「……」


「どうした、デカパイ。珍しく沈んでんじゃねぇか」


「……このまま森へ調査に行くというのは?」


「行き当たりばったりの冒険は嫌いじゃねぇけど、一応今回は依頼を受けてるだろ。そんなにみっちり時間を使う訳でもねぇんだ。我慢しろ」


「はぁ~~~、分かりました」


何度も訪れたことがある訳ではない。


しかし、ミシェラにとって……自分たちが冒険者ギルドに訪れると、何事もなく終わるとは思えない。

それは他三人も予想しており、ガルフはドキドキ感が顔に表れていた。


フィリップはニヤニヤと笑っており、イブキは普段通りの表情で落ち着いていた。


「入るぞ」


ギルド前に到着したイシュドは慣れた様子で扉に手をかけ、一切躊躇することなく中へと入って行った。

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