第110話 負けてられない

「……解った。んじゃ、アレックス兄さんに伝えておく」


この日の夜……狩りから戻って来たアレックスは、イシュドからの頼みを聞き……悩むことなく、速攻で了承した。


そして夕食後、基本的に寝るまで自由時間となる間……相変わらずミシェラやダスティンたちは訓練場に向かい、その日の失敗などを振り返りながら訓練を行う中……ガルフはレグラ家の次期当主であるアレックスからの指導を受けることになった。


「改めて、俺がイシュドの兄のアレックスだ!!! よろしく、ガルフ君!!!!!」


「っ、ガルフです!!! よろしくお願いします!!!!!」


「うむ!! 良い返事だ!!! ガルフから非常に根性がある友人だと聞いている。安心してくれ、絶えない根性を持つ者は、必ず強くなる!!!!!」


とにかく、テンションが高い。

共に食事の席で料理を食べる機会はあったため、常にテンションが高めな人だということは理解していたが一対一で向かい合うことで、改めてイシュドと違って非常にテンションが高く……熱い人だと感じたガルフ。


当然だが、悪い人……には思えない。


ただ、マンツーマンの訓練が始まってから数十分後、何故イシュドがアレックスとの訓練を勧めることを躊躇ったのか…………ガルフは心の底から実感した。



「……なぁ、ガルフ。マジで大丈夫か?」


「う、うん……大丈夫だよ」


翌日の朝、友人の顔を見たフィリップは割と本気で心配になった。


「ガルフよ。俺もフィリップと同じ気持ちだ。本当に大丈夫なのか?」


「本当に、大丈夫ですよ、ダスティン先輩」


繰り返し、大丈夫だというが……やはり表情がやや死んでいる。

そうなることを察していたイシュドも、心配の声を掛ける。


「ガルフ、無理だと思ったら止めて良いんだぞ。勧めた俺が言うのもあれだけどよ」


「…………本当に、大丈夫。なんで、イシュドが勧めるのは躊躇ってたのかは理解できたけど、それでも僕は……この機会を無駄にしたくないから」


「そうか……解ったよ」


この日はタッグバトルだけではなく、三対三の試合を入れたりと翌日に向けて最終的な調整を行いつつ……夕食後には、これまでと変わらずミシェラたちが訓練場に訪れていた。


「……俺が言うのもあれだけどよ、お前ら本当によく頑張るな」


「当然の事ですわ。私たちを何だと思っていますの?」


「……イブキを除けば、俺に負けた面子たち、か?」


相変わらずジャブを放てば、カウンターの右ストレートを食らい、呻くデカパイ。


「あなた、本当にその口どうにかした方が良いと思いますわ」


「別に今のところ困ってねぇしな。痛い目に合ったら少しは考えてやるよ……んで、なんでそんなに頑張れるんの?」


「ガルフがおそらく私たちが行ってる自主訓練以上の訓練を行っている。それだけで、私自身……もっと努力しなければと思うのは、至極当然のことではなくて?」


ミシェラは激闘祭の順位はベスト四であり、ベスト八であるガルフよりも上ではあるが、本人はそんな順位の差など……なんの物差しにもならないと解っていた。


加えて、その他の者たちも……大なり小なり、平民のガルフが自分たち以上に頑張っているのだから、という思いがあった。


見方によっては、平民を差別している様にも思えるが……若干気付いているイシュドは、その点に関してツッコもうとはしなかった。

家を出るまでは知らなかったが、この世界での常識的には、無意識にそう思ってしまう……考えてしまうのが当然なのだろうと理解した。


「良いんじゃねぇの? ガルフのやつがもっと努力してるんだから自分も、って認めて努力出来るやつは、そういねぇだろうからな」


「………………」


「ぅおい、なんだよその顔は」


「あなたにいきなり褒められると、寒気がしますわ」


「やかましい。クソ失礼なクソデカパイだ」


「く、クソと付けるのは止めなさい!!!!!」


高等部に上がってから、平民のガルフと関わる様になり、考え方や存在そのものがイカれてるイシュドと出会ってから……クソ、という言葉が単純な悪口ではなく、別の意味を持つことを知った。


もはやデカパイと呼ばれることには慣れてしまったミシェラだが、クソデカパイは本気でやめてほしかった。


だが……この男は、基本的にデリカシーという言葉とは無縁の野郎。


「止めてほしかったら、今ここで俺をぶった斬ってみたらどうだ?」


「っ!!! 言いましたわね……真剣でいきますわよ」


「お好きにどうぞ」


夕食後の訓練は、主にその日の反省を振り返ることがメインではあるが……急遽、ガチバトルが勃発。


「何分耐えられると思うっすか?」


「ふむ……イシュドの気分にもよるが、五分続けば万々歳といったところだろう」


「……私も、概ねダスティンと同じですね」


「お二人とも優しいっすね~~~。俺は三分持てば良い方だと思うっすよ。イブキはどう思う?」


イシュドは相変わらず嘗めているのか、素手でガチのミシェラに対応しようとしている。


「…………楽しもう、もしくはからかおうという思いが表情に表れているので、五分ほど戦い続けるかと」


「あぁ~~~、なるほどねぇ。それはそれであり得そうだな」


観戦組の中で、二人の勝敗についての会話は一切出てくることはなく、ミシェラが何分耐えられるかという内容しか語られなかった。


結果、ミシェラはダスティンやクリスティール、イブキの予想通り、五分ほどでノックアウトされた。

試合……というよりもてあそばれた感が強く、何度も体勢を崩される場面が多く、その度にデカパイが激しく揺れ……ヴァルツが何かに目覚める刺激となっていた。


「はぁ、はぁ……ほ、本当に人をおちょくる動きが、得意、ですわね」


「対人戦なんざ、突き詰めればどれだけ相手の嫌がることが出来るか否か、そういった点に向かうもんだろ。俺はどっちかっつーと、おちょくるような小細工を力でぶっ潰す派ではあるけどな。はっはっは!!!!」


本来、そういった事が出来るタイプではない……にもかかわらず、目の前の男におちょくるような戦い方をされて負けた。


その事実が更に追い打ちをかけることになるも、変わらずミシェラの瞳に悔しさの炎が移って……それを見て、イシュドは楽しそうに口端を吊り上げた。

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