第86話 良き隣人

「うっす、ただいま~~」


「イシュド様、おかえりなさいませ……あの、一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか」


「ん? 何がだ」


「その…………退学になって戻って来た、という訳ではないのですよね」


領主の令息に失礼な質問であるのは間違いないが、イシュドはその程度の失礼でキレるほど短気ではない。


「なっはっは!!! 安心しろ。連絡した通り、長期休暇に入ったからクラスメートを連れて来たってだけだ。まっ、問題は合法的に起こしてきたから、退学にはならないって」


「そうでしたか、流石イシュド様です。では、中へどうぞ」


合法的に問題を起こした……この言葉に対して、特に焦りや驚きを感じることなく対応し、流石ですと口にする。


(仕える兵士や騎士、魔法使いたちまで脳筋ではないと言っていましたが……本当なのですの?)


そもそも門兵が領主の令息に「退学になったから戻って来たのではないのですよね?」という質問をする時点で、普通の家では色々とアウトである。


「う~~~し、あの遠くに見えるのが屋敷だ。道沿いに行けば着く」


「「「「っ…………」」」」」


ガルフはあまり比べるものがないため、ただ街の活気に対して純粋に驚き……イブキは事前に辺境伯という爵位が上からどの位置にあるのか、という知識が主なため……多少なりとも驚きはするものの、賑わい具合に納得の表情を浮かべていた。


しかし……これまで色々と噂、人伝? で聞かされていた光景とは全く違う活気、住んでいる人々の服装や外見……建物の外装など、多分耳に入っていた話とは違うのだろうなと予想は出来ていても、やはし再度驚かずにはいられなかった。


「おいおい、お前ら何か固まってんだ。ほら、行くぞ!!」


「お、おぅ。すまんすまん」


イシュドの後を付いて行くフィリップたちだが……噂と違う光景に驚く様子は……田舎から都会に初めて出てきた子供の様である。


そしてイシュドは屋敷に到着するまでの道中、子供から大人……老人たち、多くの者たちから声を掛けられていた。


「イシュドって、とても民から慕われてるんだね」


「……そうと言えるのかもな。つっても、元から俺の家系は領民たちと仲が良かったって言うか……多分だけど。、本本当に領民たちからすれば領の経営を行てくれている、良き隣人って感じなんじゃねぇか? 一定の敬意みたいなのはあるだろうけど、恐れを感じてる人は殆どいねぇんじゃねぇか?」


イシュドは特に尊敬されたいという気持ちはないため、本当に丁度良い距離感だと思っていた。


「他の貴族たちが聞けば、怒鳴り声を撒き散らしそうだな」


「そりゃまぁ、他者から敬意を向けられる、その敬意を感じることに快感を感じる奴もいるだろうし……後は、その家の教え? 平民は自分たちの道具だ、なんてゴミみたいな内容を生まれてくる子供たちに教えてたら、そりゃゴミみたいな思想を持つやつが永遠と現れ続けるよな」


「なんと言いますか、本当にイシュド君の言葉は我々にとって耳が痛いですね」


クリスティール自身は良い意味で真っ当な貴族令嬢ではあるが、今しがたイシュドが口にしたような者たちは何人も見てきた。


その度に不快感を感じ、決して民の存在を、命を軽視するような言葉に同意してこなかったものの……自分にそんな彼らの思考を変えることは出来ないと完全に諦めていた。


「全くだな。しかし、今の俺たちでは変えられない現実でもある」


「私としましては、だからといって諦めたくありません」


「会長パイセンは立派っすね~~。でも、あんま無茶しない方が良いんじゃないっすか?」


「それは……やはり、私の力が足りないからでしょうか」


本気で表情が沈む様子に、イシュドは「本当に真面目で良い人だな~~、抱きてぇな~~」とちょっとピンクな事を考えながら自身の持論を述べた。


「そういう訳じゃないっすよ。俺らが出来ることは、基本的に生まれた自領を豊かにすることだけ。平民をゴミ、道具だと思ってる様な連中が統治してる領は、外国と同じ。そう考えれば、どれだけ全てを正しい方向にもっていくのが難しいか解るんじゃないっすか」


「………………イシュド君。もしかしてですが、レグラ家の現当主から自分の後を継がないかって言われたことがありませんか」


「ん~~~~~…………今よりもっとガキの頃に、冗談で言われたことがある様なないような……まっ、本当に言われてたとしても、マジで冗談で言われただけっすよ」


いつもの笑顔で否定するイシュドだが、全員が心の中で「絶対に冗談ではない」とツッコんだ。


「うっし、到着だ」


屋敷に到着したイシュドたち。

既に屋敷にイシュドがクラスメート達を連れて帰って来たという話は伝わっており、多数の騎士や魔法使い、従者たちがわざわざ屋敷の外に出て出迎えの準備を行っていた。


「「「「「「「「「「お帰りなさいませ!!! イシュド様!!!!」」」」」」」」」」


「は~~い、ただいま~~~~。お出迎えありがたな。んじゃ、戻って戻って~~」


自分をわざわざ出迎えてくれたのは素直に嬉しいが、同時に恥ずかしい気持ちも湧き上がってくるため、さっさと解散してほしい。


そんなイシュドから自身の持ち場に戻ってと言われた彼らは、言われた通り素直に持ち場へ戻って行くが……多くの者たちはミシェラ、イブキ、クリスティールに一度視線を送っていた。


(男友達を連れてくることは予想していたが、まさか女の学友まで連れてくるとは……)


(いやぁ~~~、あんな美女たちを連れてくるなんてぇ……もしや、全員が嫁候補!!!???)


(もしかして、イシュド様は婚約者を探しに学園に入学したのかしら? 当主様たちがあまり気にしてないとはいえ、貴族なのだから一応血統は重用よね。色々と疑問だったけど、それが目的なら納得ね)


全員、殆ど同じような事を考えていた。


(お前ら……何を考えてんのか、背中から滲み出てんぞ)


対して、イシュドは彼らがいったい何を考えているのか、ある程度予想は付いていたものの、仕事に戻れと言ったのは自分であるため、わざわざ呼び留めて訂正しようとはしなかった。


(ん? この足音は……)


こちらに向かってくる足音を察知したイシュドは、素早くガルフたちに自分より前に出るなとジェスチャーを送った。

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