第85話 フィジカルブレイクか、メンタルブレイクか

「ところで、イシュド。お前の実家周辺は、世間一般では魔境と言われているが、ガルフたちは死なずに済むのか?」


イシュドがそういった面を考えていないとは思っていない。


狂戦士ではあるが、ただの狂戦士ではない。

それが解っていても……この狂戦士をつくり上げた環境の一つだと思うと、心の底からガルフたちが心配になる。


「奥の方に行かなければ大丈夫っすよ。まっ、奥の方に行かなくても強いモンスターとは結構遭遇するっすけどね」


「……本当に心配だ」


言い方は悪いが、ガルフは平民であるため、亡くなっても騒ぐものは殆どいない。

まだ明確な進路先も決まっていないこともあって、完全な自己責任。


しかし……他の面子は違う。

ダスティンは伯爵家の令息、ミシェラは侯爵家の令嬢。

フィリップとクリスティールは公爵家の令息と令嬢。


アキラも留学生とはいえ、大和での立場はミシェラたちに近い。


誰か一人でも亡くなれば、それだけで大問題へと発展する。


「大丈夫っすよ。いざとなれば、死んでも俺が守るんで」


「簡単に言うな……いや、そもそも俺たちとは常識が違うからこそ、か」


「別にそんな大層なあれじゃないっすけどね。会長とか筋肉パイセンは置いといて、ガルフたちは俺のダチっすからね。そりゃあいつらの成長の邪魔はしたくないっすけど、危なくなったら迷わず俺が前に出ますよ」


「そうか…………そうだな。あいつらの事、頼むぞ」


「うっす!!!!!!」


本当はバイロンも保護者として付いて行きたいところではあるが、長期休暇は学生にとって長く幸せな休みであっても、教師にとっては全くもって理想な長期休暇ではない。


(ガルフたちにとって、成長する良い機会になるのは間違いないだろう。しかし…………心が折れないか。肉体も心配だが、やはりメンタルの方が心配だな)


バイロンも詳しい内情は解っていない。

それでも、これまでイシュドが育ってきた環境に入るということは、そういう事なのだろうという確信があった。



「んじゃ、行くぞ!!!!」


終業式が終わると……イシュドたちは、その日のうちに出発。


「っ……イシュド君、この絨毯は通常の空を飛ぶ絨毯とは……やはり違いますよね」


二つの絨毯を連結させており、移動人数がイシュドを入れて六人と大きく増えても問題無く移動できる。


「おっ、解るっすか? うちの領地で店持ってる錬金術師に頼んで、ダンジョンの宝箱から手に入れた絨毯を改良して貰ったんっすよ」


「そういう事、なのですね……いったい、幾らかかったのですか?」


マジックアイテムの改良とは、そう簡単に出来るものではない。


出来上がった時点で、一つの作品となるため……熟練者が弄ったとしても、壊して使い物にならなくしてしまう可能性が高い。


「結構失敗して出来上がったやつなんで…………とりあえず、この空飛ぶ絨毯が三つぐらいおじゃんになったか?」


「「「「「っ!!!???」」」」」


ガルフを除くメンバー、全員が大なり小なり……引いた。


空を飛んで移動できるマジックアイテム。

物によって移動速度など差はあるが、非常に高価であるマジックアイテムであることに変わりはない。


それを三つもゴミに変えてしまった。

加えて……改良するとなれば、それ相応の素材が必要となる。


「まっ、素材に関しては森で暴れてれば良いのが手に入るし、金に関しても同じだな」


「そういえば、レグラ家の周辺では昔からモンスターの発生率が以上なのでしたね」


「まだ原因は解ってないんすけどね~。けど、それもあって外に倒したモンスターの素材とか大量に売却できて、割と潤ってるみたいっすよ」


モンスターの素材とは、ランクが上がれば上がるほど効果になり……同じモンスターの素材であっても、レベルによって質が変わってくる。


需要がなくなることがないため、街の外に売りさばけば領内での価値が下手に下がることもなくなる。


「実家までそれなりに距離があるっすけど、何も無ければ……今日のうちに到着出来るんじゃないっすか?」


ガルフ以外のメンバーは、再度この男の普通ではない感覚等に驚かされた。


「……は、ははは。解っちゃいたけど、やっぱお前は普通じゃねぇな。けどよ、そんなに早く着いたら実家の人たちは慌てるんじゃねぇか?」


「終業式が終わったら速攻で向かうって手紙で知らせてあるから大丈夫だって。それでも着くのは日が暮れてからだから……モンスターと戦ったりすんのは、明日からだな」


世間一般では魔境と呼ばれる地に生息するモンスターたち。


自分たちの常識を持ったまま挑んではならない。

それをイシュドに言われずとも既に持ち合わせている彼らは……ブルりと肩を震わせる。


その震えは間違いなく恐怖からくる震えではなく……武者震いであった。


(へっへっへ。良いね良いねぇ~~~~。そう来なくっちゃな)


釣られて笑みを浮かべるイシュドは魔力が枯れないようにポーションを飲みながら魔法の絨毯を運転し続けた。



「う~~~っし、見えてきたな。あれが父さんが治めてる街だ」


「っ……………………はぁ~~~~。もう驚かないようにと思っていましたのに、無意味な覚悟でしたわね」


辺境の蛮族。


辺境という言葉に対する中身の捉え方にもよるが、その言葉だけでは……とても大きく発展している様には思えない。


(ん~~~~……こいつは凄いな。いや、ほんとマジですげぇ。マジで……情報操作? でもされてるのかってぐらい、リアル……想像の十倍は栄えてんな)


イシュドと出会い、偶に実家の話を聞く限り…………噂通りの栄具合ではない事は解っていた。


だが、実際に目の前にしたレグラ家が治める街を見て、自分が耳にしていた噂は、本当にクソみたいな内容だったのだと思い知った。


「それじゃ、降りるぞ~~~~」


高度を下ろし、地面に着地。


いきなり連結させた魔法の絨毯から降りてきた人物たちに、街中へ入ろうと並んでいた者たちは驚くも……ある者たちはその人物たちの中の一人に見覚えがあった。


「あれ? 学園ってのに入学したんじゃなかったっけ? もしかして退学になったんか? まっ、あり得なくはねぇか。イシュドも暴れん坊な部分はあるしな~~」


「けどよ、一緒に降りてきたのって学友的な連中じゃねぇの?」


ある者たち……冒険者らは何故イシュドが戻って来たのか解らずとも、自分たちが良く知る人物の帰還に喜びを感じていた。

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