第8話 台風の目どころじゃない

「三十七番の生徒、リングに上がれ」


「おう」


不敵な笑みを浮かべながらリングに上がるイシュド。


(このおっちゃんか……ふっふっふ、当たりだな。無茶苦茶楽しめそうだ)


リングに上がる際、名前を呼ばれることはないため、受験生たちにざわめきが広がる事はない。

ただ……受験生の相手をする教師陣たちは、イシュドのある程度のデータをしっているため、顔に緊張が走っていた。


(おいおいおい……本当に十五歳の子供か? こりゃ実技試験なんてやる必要ないだろ)


直ぐにでも上に進言したい。

実際に対面したことで、レグラ家から送られてきたデータが嘘や誇張ではないと解り、おっちゃん教師は正直逃げ出したい気分だった。


「それでは……始め!!!!!」


他の試験監督が開始の合図を行った瞬間、イシュドは貸出品である二振りの手斧を上空にぶん投げ……素手の状態で試験監督に殴り掛かった。


「ッ!!??」


突然の奇行に驚く隙を与えないブロードジャブをギリギリ回避し、反射的に五割以上の力でロングソードを振るう。


(中途半端な斬撃にしては、良い切れ味だな!!!)


基本的におっちゃん試験監督が五割の力で武器を振れば、殆どの受験生たちは為す術なくやられてしまう。


だが、イシュドは嬉々とした表情を変えることなく素手による攻防を繰り返し、二振りの手斧が落ちてくるタイミングで大きく後方に下がった。


「あんた、本当に強いな」


「はっはっは、それは光栄……と言えば良い感じかな?」


「そんなに偉そうな立場から言ったつもりはない。ただ、純粋な感想だ。だからこそ……あんたとは純粋に戦いたい」


片方の手斧を向け、ガチバトルを申し込んだ。


(……レグラ家の人間は皆狂戦士、バーサーカーだって聞いてたけど、どうやら本当にそうみたいだね……でも、ここで彼の提案を断ったら……大人として、これから彼の教師になる立場の者として、如何なものかってところだね)


おっちゃん試験監督にとって、イシュドとのガチバトルなど、嫌いな嫌いな残業とさして変わらない。

だが……それでも戦士として、多少ではあるものの……楽しみという思いがあった。


「一分、一分だけだ。おそらく、それがリミットだ。君も解るだろ」


「あぁ……それじゃあ、いくぞ」


駆け出したタイミングはほぼ同時。


イシュドが繰り出した手斧の重撃は受け止められ、緩急を付けて流された。


(やっぱり、最高だなこの人!!!!)


貸出品の武器を使っている為、使用出来る攻撃手段、スキルによる技も限られる。

そんな中で……二人は殆どそれぞれの職業を活かす最善の動きで攻め続けた。


二人に防御という手段はなく、回避しながらのカウンター。

それを何度も何度も繰り返す。


「み、見えねぇ……」


「し、試験監督の教師は解かる、けど……あいつは、何なんだよ」


自分たちが入ろうと臨む学園の教師が、自分たちの眼では追えない動きをする。

非常に混乱することがない事実であり、そうでないと困るという思いすらある。


だが……片方は間違いなく自分たちと同年代の同級生なのだ。

そんな同世代の令息が……学園の教師である試験監督と同じく、眼で追いきれない速度で動き続けている。


「ここまでだな」


「……しょうがないっすね」


きっかり一分、おっちゃん試験監督の斬撃とイシュドの重撃がぶつかり合い、貸出品の装備が完全に砕け散った。


「んじゃ、楽しみに結果を待っててくれ」


「あぁ、王都をゆっくり観光しながら待ってる」


最初から最後までふてぶてしい態度は変わらない。

そんな態度に不満を持つ者が受験生、試験監督の教師たちにもいたが……圧倒的な戦いぶりを見せ付けられた。


強ければ何をしても許される?


それは間違いだが……強さは己の意志を押し通すもの。

今のこの場に、イシュドの言動を指摘できる者はいなかった。


(お~~いててて。ったく、流石狂戦士らしいパワーってことか。本気で戦えば学生に負けることなんてあり得ねぇとか思ってたけど、ありゃ別格だ。完全に新入生の中で台風の目ってやつになる…………って、確かあいつ三次転職が済んでるんだったか? ってことは、台風の目どころか……ぶっちぎりの最強、まさに王……って言葉を使うのは不味いな。そうなると、帝王か?)


暴力の戦士という職業、気質を考えれば帝王という異名はある意味合っていた。


(今年の世代は特に豊作って聞いてるが、こりゃ……天才連中が、否が応でも自分たちは真の天才じゃないのだと思い知らされそうだな)


おっちゃん試験監督は少々痛めた手首を治さず、先にイシュドの評価を書き始めた。



「お疲れ様です、イシュド様」


「おう。まっ、疲れてねぇけどな。寧ろ超楽しかったぞ」


「試験監督の中に、それほどの腕を持つ教師がいたのですね」


「俺が入った試験会場では、一番強かったと思うぞ」


護衛の騎士たちと合流後、イシュドはおっちゃん試験監督に伝えた通り、試験の結果が出るまで王都の観光に勤しんだ。


「イシュド様、本当に一人でよろしいのですか?」


数日後、入試試験の結果発表、そして順位が発表される。

順位に関しては中等部から上がってきた学生も含めての順位である。


そのため……護衛の騎士たちは少々嫌な予感がしていた。


「あぁ、一人で良い…………そんな心配なら、門の前辺りで待っといてくれ。何かあったら呼ぶ」


「「「「畏まりました」」」」


騎士たちの胸の内を読み取り、イシュドは渋々門の前で待つことを了承。


そして馬車でフラベルド学園の前に移動し、一人で入試結果が発表される場所へ移動。

既に多くの受験生たちが集まっており、中には両親と一緒に結果を見に来ている受験生もいる。


(……前世の高校入試を思い出すな)


そこまで勉強が好きなタイプではなかったため、その時は結果を見るまで心臓のバクバクが止まらなかったが、現在は全く緊張していない。

たださっさと結果を確認したい。


(筆記試験も手応えあったし、とりあえず受かっているだろ)


実際問題……受かっているどころの話ではなかった。


「……やっぱ努力って大事だな」


イシュドは目の前の結果、そして順位に中等部から高等部に上がる内部進学生のものも入っていることは知っている。


(んじゃ、とりあえず受かった証明書? 的な物を貰いに行かないとな)


イシュド・レグラ……無事に入試に合格。

そして今年高等部一年生になる者たちのなかで、筆記と実力試験の合計点は……トップ。


堂々の一位でフラベルド学園に入学することが決まった。

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