第131話


「アリド君の要求する報酬についてだが、この場で簡単には決められない内容だ。後日、改めて依頼の話をさせて貰うよ」


 この場での話し合いがようやく終わるらしい。


「じゃ、俺もう帰る」


 精神的に疲れた。


 席を立って部屋から出ようとした所で声をかけられる。


「待て」


 俺の帰宅に待ったをかけてきたのは獅子の獣人。


 確か名前は……。


「キドフォンスだっけ、何?」


「不審死についてだ。君が『外なるもの』だと推測していた理由を聞きたい」


 あぁー、そんな事言ってたね。


「人に無理なら、それしかないよねってだけだよ」


「証拠はないのか?」


 キドフォンスは眉間に皺を寄せて不機嫌そうになる。


「証拠なんてないよ……そもそも、人智の及ばない手段で殺されてたら、証拠があっても証拠それ証拠そうと気付けないでしょ。逆に考えれば、どこにも証拠が無いのなら、それこそが証拠になり得るかもよ?」


「ふむ……そういう考え方もあるか……」


 一層眉間の皺を深くして、考え込んでしまった。


 眉間に皺寄せるの癖になってそうだな、この人。


「あと経験上、『外なるもの』系なら早めに対処しないと面倒だよ。敵は知性のない獣じゃない。この世界への理解を深めれば、見つけるだけでも難しくなる」


「……助言に感謝する」


「俺としては、君らが上手く対処してくれれば対岸の火事で済むからね」


 傭兵の出る幕はないって言ってくれても良いのよ。


「あ、そうだ。ソノヘンさん、出口までの案内」


 彫像のように不動を貫いていたソノヘンさんを回収する。


 こちらを向いて頷いた後、ソノヘンさんは教皇に断りを入れる。


「すいません、彼の案内を……」


「いやぁ、ソノヘンニール君には残ってて欲しいな。キドフォンス君はそろそろ仕事の時間だろう? 仕事に行くついでにアリド君を大聖堂に送ってあげなさい」


「分かりました、猊下」


 ソノヘンさんの表情が一瞬名状し難いものになった。


 若干椅子から腰を浮けた状態で止まってるのが憐れみを誘う。


 代わりにキドフォンスが席を立ち、ソノヘンさんに同情めいた視線を投げた後こちらに来る。


「では、行こうか」


「うむ」


 部屋から出た後、キドフォンスは肩をほぐすように軽く回す。


 疲れたのかな?


「偉い人と老人の話はどこも長いね」


 黙って歩いても暇なので、試しに声をかけてみる。


「……猊下は意見を交わす事を重視しておられるからな」


 フォローはしたが、怒りはしてないな。


 内心ではあの長話に思う所があるのかもしれない。


「それより、不審死の件だが……」


 話題を逸らしてきた。


 まあしょうもない話続けても俺が楽しいだけだし、別に良いけど。


「参考までに、『外なるもの』の手口にどんなものがあったか聞かせて貰いたい」


「良いよ」


 ライズヘローでの、精神汚染と肉体変異。


 ランゴーンでの、薬を使って精神を夢の世界に引きずり込んで行われる眷属化。


 ナッツィナでの、人に寄生して繁殖する虫と、その虫による人の模倣、あと謎の野菜を使った眷属化。


「聞いた限りでは証拠の出る場合もあるようだが」


「証拠だと気付けるのは相手の手口を知ってからだよ」


「そういうものか?」


「そうだよ」


 小首を傾げて「よく分からんな」と小さく零すキドフォンス。


 この使徒、なんか危機感薄くない?


「教会自治領ってさ、今までこういう事件なかったの?」


「ないな。ここは世界で最も治安の良い町だ」


 俺の質問に即答し、治安の良さを胸を張って自慢するキドフォンス。


 治安が良いって事は、それだけ経験を積む機会が少ないって事だ。


 それが弊害となっている気がする。


 所謂いわゆる、平和ボケだ。


「真面目に答えて欲しいんだけど、『外なるもの』が来ても何とかなるとか思ってる?」


「む……? 私を含め使徒が四人、聖女が二人、加えて聖騎士団も精鋭揃いだ。枢機卿たちも、いずれも実力者ばかり。どうにもならない状況が想像できん」


 慢心、ダメ、絶対。


 真面目な話、俺は今、結構でかいショックを受けている。


 戦闘力で考えていて、『外なるもの』の本質的な恐ろしさが分かってない。


「……どこぞの王国の首都が無くなったって話を聞いても大丈夫だと思う?」


 俺がそう聞くと、キドフォンスは哀しげな表情になる。


「あの国には先代太陽神の聖女が派遣されていたが、御高齢であった」


「それだけ経験豊富な人だったと」


「王都を囲うように軍を出し、警戒網を敷いていたという話だ。故に王都の守備は必要最低限だったらしい。恐らく不意を打たれた故に起こった悲劇だろう。だが自治領ではそのような事は起こさせん」


 キリッとした表情してるところ悪いけど、不審死起こしてるのが『外なるもの』なら、現在進行形で不意打ち受けてますよ?


 ギャグかよ。


 現場はギャグじゃ済まねえんだよ。


 いや、もし不審死が人の手による暗殺とかならギャグで済……まないな。


 人類同士で内ゲバ一直線じゃないですかやだー。 


 ため息を飲み込んで情報を聞き出すために言葉を選ぶ。


「ちなみにキドフォンスは使徒になってどれくらい?」


「そうだな、かれこれ六年になる。これでも自治領の中では三番目に長く使徒をやっている」


 おや、もしかして自治領に居る使徒聖女って教皇とハーゲンディ以外若い?


「上二人は……まあ、あの二人か」


「そうだ、猊下とハーゲンディ殿だ。あの方々は本当に尊敬に値する人物だ」


「話が長かったり、喋り方がやたら古風でも?」


「話の長さや口調と人格は関係あるまい」


 少し憮然とした態度で答えるキドフォンス。


 あの二人を尊敬しているというのは本心なのだろう。


 嘘を吐けるようなタイプには見えないし。


「さて、この通路を真っ直ぐ行けば大聖堂だ。入口は大きいしすぐ分かるだろう」


「ん、案内ありがと」


「……あぁ、どういたしまして」


 俺が感謝の言葉を口にすると、キドフォンスは意外そうな顔で驚いて見せる。


「何? 俺が普通にお礼を言ったら変?」


「いや、そういう訳では……ごほんっ、私は仕事があるのでな、失礼する」


 人慣れしてない……いや、立場的に対等な相手が居なかったタイプかな。


 話をしたところ、キドフォンスは善良な脳筋だと感じた。


 任せたままでは、不審死事件の解決に時間がかかる気がする。


 正直、経験で言えば傭兵の方が優れていそうだ。


 上手く適材適所に振り当てられれば、人材は足りてるはずなのにな。


 対『外なるもの』のノウハウのなさがもどかしい。




 教会から拠点に戻ると、ナッツィナで共闘した三人組がリビングに居た。


 三人は俺に気付くと頭を下げる。


「あ、アリドさんおかえりなさい」


「今、俺達以外全員出払ってます」


「カフィードは昼食作りに戻ってくると言ってたが、他は分からん」


 最初が細長い蛇人、次が中肉中背の人狼、最後がずんぐりしてるドワーフだ。


 装備を外してラフな格好で居ると、それぞれの特徴が良く分かる。


「ちょっと聞きたい事があるんだけど、良いか?」


「あ、はい。俺が答えられる事ならなんでも」


 蛇人が快く頷いてくれる。


「自治領の傭兵って衛兵みたいな事やってるんだよな?」


「あ、はい、そうです」


「どこの団がどこを担当するとかあるの?」


「あ、はい、ありますね」


 そう言うと机の上に、白い板状の魔導器を置く蛇人。


 指先に魔力を集め、板をなぞると線が描かれる。


「えっと、大雑把ですけど……」


 描かれたのはこの町の地図のようだ。


「ここが大教会、ここがウチの拠点、ここが傭兵ギルドです」


 三か所から線を伸ばして、その上に文字を書いて分かり易くしてくれる。


 中心から見て大教会は北東、拠点は北北西、傭兵ギルドは西にある。


「南西から中央にかけてに商業地があって、この辺りは商人ギルドと仲の良い『黄金郷エルドラド』という傭兵団が仕切ってますね。大通りがあって、人の往来が激しい場所です」


 地図の中心から南西にかけて、町の外まで伸びる一本の線が引かれる。


「フン、金にがめつい奴らだ。金になる事なら何でもやる」


「逆に言えば金を積めば誠実になる連中ですね。信頼はできませんが」


 他の二人が『黄金郷』について補足の情報を出してくれる。


 どうやらその傭兵団は拝金主義者のようだ。


「南側は工業地帯です。様々なものがここに運ばれ、加工されます。ここは『鋼皇枢機』という傭兵団が仕切ってます」


「魔物の素材欲しさに傭兵になったような技術馬鹿共だ。本当に底抜けの馬鹿だぞ」


「変人が多いですね。仕事は完璧なんですが、創作が絡むと斜め上に飛ぶ連中です」


 斜め上に行く、じゃなくて飛ぶってレベルなのか。


 ちょっと見てみたいかも。


「南東から東にかけて農業地が広がっています。湖が近いからでしょうかね。ここは枢機卿の一人と縁のある傭兵団『五界輪廻』が仕切ってます」


「あれは良く分からん連中だ。なんで傭兵やってるのかも分からん」


「独特の価値観を持ってるんですよね。聞いた話だと、かなり遠い国から流れてきたんだとか」


 なんか変な奴らしか居なくない?


「北部は民間居住区です。多くの人が暮らしていて、文字や計算を教える場所があるそうです。ここは『英雄の門ヒーローズ・ゲード』という傭兵団が仕切ってます」


「綺麗事で自分を着飾るのが大好きな連中だ。中身を自覚してるんだろう」


「一般人向けのパフォーマスに優れてる所ですね。ただ一般傭兵とは反りが合わない事が多いです」


 これまた面倒そうな連中が居るもんだな。


 けど排除されないって事は必要な存在なんだろう。


「次が最後、北西に位置する歓楽街です。この場所は傭兵団『千条神鍵』が支配しています」


「支配?」


「そうだ、あそこは教会が手を出さない場所なんだ。穢れた場所としてな」


「元は罪人を閉じ込める監獄があったそうですよ。そこに『千条神鍵』のサロエレスが手を加えて今の歓楽街になったんだとか」


 実効支配って感じで歓楽街を自分のモノにしてるのか、あの人。


 あの教皇とハーゲンディが黙認してるなら、問題はないんだろうけど。


「各傭兵団の下に、別の傭兵団が傘下として加わったりもしてますが、一番上は今言った傭兵団です。ちなみにウチはどこにも属してません」


「なるほどね、色々分かったよ。ありがと」


「いえ、俺達にできる事があるなら、いつでもどうぞ」


 三人組に別れを告げて自室に戻る。


 分かった事は、治安維持の八割近くを傭兵に任せているという事。


 キドフォンスは聖騎士団が精鋭だと言っていたが、どう考えても現場慣れしてない気しかしない。


 不安だ……本当に教会自治領は安心できる場所なのか?




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