第35話 ミック

俺の質問に黙り込む二人。

ローズもアンネリーゼさんも何も喋らない。

そんな二人の重い空気に俺も喋ることが出来なかった。


「ねえ、聞いてもいい?」

「なんだ?」


沈黙を破ったのはローズだった。

しかし、アンネリーゼさんはローズを止めに入る。

すかさずローズに近寄り肩を抱く。


「お嬢様、行けません」


ローズは静かにアンネリーゼさんを振り払う。


「ごめん、アンネリーゼ。もう決めたの」

「…………わかりました」


主従関係としてはローズが上。

素直にローズの言葉を聞き一歩下がるアンネリーゼさん。


「ねえ、ミックに会ってもらえるかな?」

「え?ああ、もちろん!ぜひとも、会ってみたいよ」

「ただし」

「ただし?」


真剣な顔で何やら条件を付きつけようとするローズ。

俺はゴクリと生唾を飲み込む。


「私のお願いを一つ聞いてね」


真剣な表情から一転、急に笑顔になり上目遣いでお願いをしてくるローズ。


「どんなことだ?」

「大丈夫、貴方なら絶対に出来る事よ」


俺は相手のペースに飲まれない様にシリアスな雰囲気を崩さずにいる。

だが、相手は完全に砕けた感じになっており、なんだかほっとしている自分がいた。


「わかったよ」

「よし、それじゃあ、行きましょう。アンネリーゼも」


アンネリーゼさんも誘うローズ。

だが、俺が見る限りアンネリーゼさんは硬い表情で対応をしてくる。


「かしこまりました」


手を前で組み頭をゆっくりと下げるアンネリーゼさん。

その姿はメイドとしてとても美しい一礼のはずだが、俺にはなんだか辛そうに思えた。

何がどうという説明はできない。

なんとなくという感覚の話だ。


俺たちはアンネリーゼさんについていく。

どうやらミックは離れにいるらしく、大きな庭を通るのだが、流石公爵家のお庭。

かなり手入れが行き届いており、きれいに整ったガーデニングを堪能することが出来た。


「こちらにミック様がおられます」


到着したのは小さな小屋だった。

蔦の植物で覆われた小さな小屋。

何でまたこんなところにいるんだ?


「えっとね、私のお願いをこの中で聞いてほしいの」

「え、この中で?」

「うん」


ローズはとても可愛い声で答える。

どうしたっていうんだ?

ローズのキャラとしてはもっとクールに「ええ、頼むわよ」って髪をふさぁっとかき上げる感じなのに。


「それじゃあ、行ってくるねアンネリーゼ」

「はい、お嬢様」


アンネリーゼさんは美しい一礼にてローズに頭を下げる。

だけど、その表情は先ほどよりももっと辛そうだった。

流石にこれは鈍感な俺でも分かった。

中に何かある……これだけは言える。


ガチャっとドアノブを回して中に入る二人。

中はかなり薄暗く部屋の奥が見えないほどだ。


「ミック、おねえちゃんだよ」

「……ねえね?」

「うん、ねえね」


暗い部屋の奥には大きなベッドがあるのが分かった。

そこに話しかけるローズ。

返ってくる返事は拙い幼児言葉。


俺とローズは暗い部屋の奥へと足を運ぶ。

そして、実物のミックに出会うことが出来た。


「なっ!」


俺は声を上げて驚いてしまう。


「……ん?」


上半身だけ起き上がりこちらを向く小さな命。

しかし、それはあまりにも痛々しい姿をしていた。

かなり痩せこけており、年齢は2歳と1か月……の割にはかなり小さい。


「ねえね、ねえね……だっこ」


抱っこをおねだりするその声も枯れており幼児が出す声ではなかった。

唇もかなりの乾燥をしておりまるで老人のような唇だ。


「うん、抱っこ。おいで」

「きゃきゃ」


ローズの腕の中に納まる小さな命は無邪気な笑顔を見せる。


「ミック」

「ねえね」


かなり年が離れているせいで姉弟というよりも親子に見えてしまう。


ミックはローズの腕の中でほほ笑む。

ただ、その微笑みも痛々しく思えるほどカサカサに乾いた手でローズの顔や胸を触る。

その乾いた手を握り返すローズ。

ミックを抱き寄せるローズの瞳から一筋の涙が零れる。


「ミックね、1歳ぐらいに発症したのよ」

「そ、そう、なのか」

「うん……不治の病のアレね」


アレと言われても分からないので俺はそれは何だと聞く。

すると返って来た返事は21世紀初頭の医学でも不治の病と言われるものだった。


「そこで、お父様が錬金術師に依頼したのよ、不治の病を治す薬を作ってくれと」


お父様?それってヴィンダーソン公爵……だよね……ドラゴン退治を依頼した本人……。


「なあ、その薬の材料って」

「ええ、察しの通り、ドラゴンの肝よ」


なるほど、ここに来てようやく理解できた。

俺、頑張った甲斐があったなぁ。

なんたってこの子たちのためになったんだから……うん、気分がいいっと思っていたのも束の間。

ローズにあっさりと否定される。


「でもね、結局ドラゴンの肝で作られた薬も効かなかったのよ」

「へ?」


ちょっと、錬金術師様、何やってんのよ……って、まあ、簡単に直らないから不治の病なんだろうけど。


「それでね……ゴホゴホゴホ」


説明をしている途中でローズが急に咳き込む。

なんだろう、痰がらみの咳っぽいが……。


「ごめんなさい」


ローズは口の周りに付いた血のりを拭う。


「おいおいおい、ちょっと待て」


まさか……姉弟して同じ病気なのか?


「なあ、まさかと思うが」

「ええ、私もなのよ」


俺は絶句する。


そして、俺の方へ体の向きを変え真剣な表情で俺にお願い事を言う。

ただ、そのお願い事が


「あのね、お願いしても…………いいかな?」

「……ああ……お、俺の出来る事ならな」


ローズはミックをベッドの上に戻す。

そして、ベッド脇にある棚の引き出しから取り出したのは銀色に輝くリボルバー拳銃だった。

しかし、この世界の拳銃は魔力をトリガーに銃弾を打ち出す。

ただ、魔力のない俺にどうしろと?


「なあ、これは?」

「うん、あなた魔力がないなんてウソでしょ?」

「いや、本当だが」

「じゃあ、この間のソフィアのSPを倒した力は何?」

「あれは、その……」

「わかっているわ。何か事情があるのよね。だから深く追求しない。だから……」

「だから?」


なんとなくだが、嫌な予感しかしない。

ただ……嫌な予感は的中してしまうというものだ。

ローズはベッドに座るミックを抱きしめながら笑顔でこちらを向く。

彼女の出した答えは……


「私とミックを楽にして欲しいの」

「…………はっ。バカヤロウ……俺は魔力がなくて無理だって」


当然のことながら俺は断固として断る。

それ以前にこの拳銃を俺は白桃のサポートなしに使うことは出来ない。


ローズは俺が断ることを重々承知の上でお願いしているという。


「私ね……ミックに拳銃を向けたの」

「…………」

「でも、トリガーを引けなかったの」

「…………」

「ミックが、ミックがね、ねえねっていうの……銃口を向けているのにねんねって笑顔で呼んでくれるの……そんなミックに私は銃口を向けていることに気が付いて……うわぁぁぁぁぁ」


銃口を向けてた時のことを思い出したのか、たちまち崩れ落ちるローズ。

どう考えても今のローズは危ない。

俺は説教臭くなってもいいので彼女を諭すことを試みる。


「なあ、ローズ聞いてくれ」


俺は崩れ落ちたローズの肩に手を当て話始める。

しかし、彼女は聞く耳を持つ気がない。

それどころか人が変わるぐらい乱心状態に陥ってしまう。


「もう、嫌!」


彼女は物凄い感情的になり俺の体を叩く。

しかし、魔法を使っているわけではないので普通の女性が叩く強さと変わりない。


「ドラゴンの肝ですらダメだったのよ」


もう一度、俺の体を叩く。


「最高級の魔法薬でもダメだったのよ」


大粒の涙を流しながら俺の体を叩くその手にはもう力が入っていない。


「もう、終わりに決まってる」


いつも強気だが、時には無邪気な彼女の弱々しさが俺にはつらかった。


「ねえね……うわぁぁぁぁん」


ローズが泣いているのでそれをみてミックも泣き始める。


二人が同時に泣き始めるので俺は困惑してしまう。


「あ、えっと……」


まずは、ミックを抱き上げる。

そして、ミックをあやしながらローズの傍へ持っていく。


「ほら、大丈夫、ねえねは大丈夫だよ」


異様なほどの軽さに俺は驚いたがそれどころではない。

ローズの傍に行くと、ミックは小さな腕を精一杯伸ばしてローズに触れようとする。


「ごめん、ごめんねミック」


ローズもミックが泣いていると分かると泣くのをやめ、俺からミックを受け取りあやし始める。

すると、泣き疲れたのだろう。

ミックは目を閉じてスヤスヤと眠り始める。


俺はミックのおやすみの邪魔にならない様にと静かにその場を離れて出入口へと向かった。

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