硝子の小匣 詰め合わせ

硝子匣

Twitter小説


「好きなことにはすぐ夢中になる」

そう言って、ギターをかき鳴らすあなたの背に問いかける。

「私には、夢中になってくれないの?」

「どうだろ」

「……珍しいね、音、外れてない?」

「そういう日もある」

弾いているのは、私が一番好きな曲だった。



溶けた氷が染みわたる。

グラスの中の色を薄めるそれが、なんとも具合の悪い私の心境を表しているようで、不愉快であった。ストローでかき混ぜてみれば、なお混迷。

汗をかくのは、私ばかりではない。



忘れた頃に寒さが戻ってきた。ハンドクリームを塗った手がかじかんでいくのがわかる。また荒れてしまうのかと辟易するばかりの私は、とぼとぼと家路につく。

ふと、後ろから急に手を掴まれた。振り返ってみると、優しい顔の彼がそこに。

急な熱の訪れが、私の手を湿らせていく。



外の嵐なんて、どこ吹く風で、ただただあなたとの時間を貪る。

あなたは外の様子が気になって、上の空。

街は停電で、さっきからエアコンは機能していない。

もしこれが世界の終わりなら、わたしにとってあなたは最後の晩餐で、これはこれで悪くない。

まだまだ嵐は続きそうだ。



目が嫌いだった。

優しい手つきと声色で愛を囁くくせに、目は冷たいままで。

どこを見ているのかわからない、空っぽで、薄ら寒い視線。

拒絶されるのが怖くて、だから冷静なふりをしているその目が。

いつかその目を好きになれますように。いつか素直な視線をくれますように。



「おはよう」

扇風機の風は疲れと寒気を呼んでいたらしい。嫌な目覚め方をした。

隣にいたはずの彼女は、珍しく早起きらしい。

「寝汗すごいね。飲む?」

差し出すのはハーブティーだろうか。

「寝顔のお礼」

どれだけ眺めていたのだろう。彼女のグラスはだいぶ汗をかいている。



間抜けにも、床に転がったリップを踏みつけていた。最近見ていなかったのは、気にも留めていなかったから。

もう、唇の荒れなんてどうでもいいのだから、捨てれば良かったのに。

どうやらそいつは、私の麻痺していた痛覚を目覚めさせたらしい。

気付けば、涙が止まらなかった。



『シンデレラ』

ノンアルカクテルの一種で、童話にちなみ「夢見る少女」なんてカクテル言葉もあるそうだ。

そんな可愛らしいそれも彼女が飲めば、色気のない符丁に早変わり。

「今夜はお預け」

日付が変わる前に走り去っていく。

硝子の靴はどこにもない。あるのは未練だけだ。



冷蔵庫にはビールが待っている。ヨシ。

だらだら残業をしている場合ではない。

僕は画面へ向かう目を鋭く、気合を入れ直す。普段なら、きっと時間をかけ仕上げる残務も、今夜は違う。

待ち人来たれり、ただいまと言えばおかえりと返ってくる。苦手なビールも彼女となら。

待っててね、もうすぐだから。


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