硝子の小匣 詰め合わせ
硝子匣
Twitter小説
◇
「好きなことにはすぐ夢中になる」
そう言って、ギターをかき鳴らすあなたの背に問いかける。
「私には、夢中になってくれないの?」
「どうだろ」
「……珍しいね、音、外れてない?」
「そういう日もある」
弾いているのは、私が一番好きな曲だった。
◇
溶けた氷が染みわたる。
グラスの中の色を薄めるそれが、なんとも具合の悪い私の心境を表しているようで、不愉快であった。ストローでかき混ぜてみれば、なお混迷。
汗をかくのは、私ばかりではない。
◇
忘れた頃に寒さが戻ってきた。ハンドクリームを塗った手がかじかんでいくのがわかる。また荒れてしまうのかと辟易するばかりの私は、とぼとぼと家路につく。
ふと、後ろから急に手を掴まれた。振り返ってみると、優しい顔の彼がそこに。
急な熱の訪れが、私の手を湿らせていく。
◇
外の嵐なんて、どこ吹く風で、ただただあなたとの時間を貪る。
あなたは外の様子が気になって、上の空。
街は停電で、さっきからエアコンは機能していない。
もしこれが世界の終わりなら、わたしにとってあなたは最後の晩餐で、これはこれで悪くない。
まだまだ嵐は続きそうだ。
◇
目が嫌いだった。
優しい手つきと声色で愛を囁くくせに、目は冷たいままで。
どこを見ているのかわからない、空っぽで、薄ら寒い視線。
拒絶されるのが怖くて、だから冷静なふりをしているその目が。
いつかその目を好きになれますように。いつか素直な視線をくれますように。
◇
「おはよう」
扇風機の風は疲れと寒気を呼んでいたらしい。嫌な目覚め方をした。
隣にいたはずの彼女は、珍しく早起きらしい。
「寝汗すごいね。飲む?」
差し出すのはハーブティーだろうか。
「寝顔のお礼」
どれだけ眺めていたのだろう。彼女のグラスはだいぶ汗をかいている。
◇
間抜けにも、床に転がったリップを踏みつけていた。最近見ていなかったのは、気にも留めていなかったから。
もう、唇の荒れなんてどうでもいいのだから、捨てれば良かったのに。
どうやらそいつは、私の麻痺していた痛覚を目覚めさせたらしい。
気付けば、涙が止まらなかった。
◇
『シンデレラ』
ノンアルカクテルの一種で、童話にちなみ「夢見る少女」なんてカクテル言葉もあるそうだ。
そんな可愛らしいそれも彼女が飲めば、色気のない符丁に早変わり。
「今夜はお預け」
日付が変わる前に走り去っていく。
硝子の靴はどこにもない。あるのは未練だけだ。
◇
冷蔵庫にはビールが待っている。ヨシ。
だらだら残業をしている場合ではない。
僕は画面へ向かう目を鋭く、気合を入れ直す。普段なら、きっと時間をかけ仕上げる残務も、今夜は違う。
待ち人来たれり、ただいまと言えばおかえりと返ってくる。苦手なビールも彼女となら。
待っててね、もうすぐだから。
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