無知な子は、無知だからこそ可愛さがある

「てか、そんな寒そうな格好してると風邪ひくだろ?」

 Tシャツにハーフパンツという、とても真冬とは思えない格好なので、俺はそう心配する。

「大丈夫。風呂上りで暑いから」

「何だその謎理論」

 むしろ湯冷ゆざめだからこそ、逆に風邪ひきやすくなるんじゃないか。

 そう思ったが、俺は口に出そうという気が起きなかった。


「へくちっ」

「ほら言わんこっちゃない」

 紗彩さあやが可愛いくしゃみをしたので、俺は湯呑ゆのみに残った緑茶りょくちゃをくびっと飲み、立ち上がった。

「へへ、ごめん」

 照れ笑いを浮かべながら、紗彩も緑茶をすする。

「セーター、出してやるよ」

 それまで手に持ってる茶で温めとけと言い、箪笥たんすの下の方の引き出しから順にあさり始めた。

 紗彩は、はーいと呑気のんきな返事をする。


 確か、最近洗ったばかりのセーターをしまっておいたはずだ。

「えーと何処にしまったかな……あ、あった!」

 下の段から三番目の引き出しに紺色こんいろのセーターがあるのを見つけて引っ張り出し、ベッドに放り込む。

「勝手に着てて良いよ」

 そう俺は、放り込んだセーターを親指で指した。

「やった、ありがとよしちゃん」

 と、紗彩は飛び掛かるように俺のセーターに食いついてきた。

「そんなに寒いの我慢してたのか?」

「もう! 流石さすがにわたし、そんな馬鹿じゃない」

 そう紗彩が、ぷぅとほほふくらましながら、突っ込みを入れた。

「だな。紗彩、成績良かったからな」

「今でも頭良いもん!」

 と、紗彩は俺のほうからそっぽを向いたが、やっぱり頬は膨らませたままだった。

 実際紗彩は、中学で指折ゆびおりの成績だった。

 そんな紗彩が高校の進路で名門校には行かず、自分のかなえたい夢のために進学実績の少ない学校に行くのを決意した時には、大分驚いたが。


 というか……。

 さっきから、紗彩のある部分に目がいってしまう。

 小柄な紗彩にとっては、確かに幼いころの俺の服を着るにはちょうど良いサイズかもしれない。

 ただ、胸囲きょういの部分に二つのメロンがっていた。

 メロンといっても、一般の人が思い浮かぶようなメロンではない。

 あれはマスクメロン。そう呼ぶにはあまりにも大きすぎる。

 メロンには色んな種類がある。

 紗彩に当てはまるのは、"やや大きめ"に分類される摘果てきかメロンが丁度良い。

 そんな摘果メロンのせいで、戦隊Tシャツが3D化していた。

 レッド隊員の顔が最早つぶれている。彼はいつまで無心で居続けられるだろうか。

「んしょ」

 紗彩が両手を挙げてセーターを着ようとした。

 その時、Tシャツのすそが若干上がって彼女の可愛らしいへそがあらわになった。

 色白く、透き通るような肌艶はだつやのあるスリムなお腹は、俺の心臓をねあがらせるには十分の療法りょうほうだった。

 その上、風呂上り特有のシャンプーの良い香りも相まっている。

 もしここに博人ひろとがいたら、鼻血出して卒倒そっとうするんじゃないか。

「どうしたの、芳ちゃん?」

「いいや……何でもない」

 セーターのネック部分から顔を出した紗彩は、俺が少し赤面しているのを不思議そうに見つめる。

 知らない方が良い。この子は無知だからこそ、愛嬌あいきょうがあるのだ。

「ふうん」

 そう紗彩は、俺の方に顔を近づかせてにやついてきた。

「な、何だよ」

「別に何でもないよー♪」

 上機嫌に口笛を吹きながら、紗彩は俺に背中を向けてきた。


「これ、芳ちゃんのにおいがするね」

 紗彩がセーターの袖を鼻にあてて、すんすんとぎ始めた。

「や、やめてくれよ。そんなことするの」そう言って、俺は頭を無造作むぞうさく。「くさいだろ?」

「え、全然そんなことないよ」紗彩は首を横に振って、臭くないと否定する。

「男子高校生の体臭だぞ? 臭いに決まってる」

「うんうん、臭くない。臭くないから」

 そう紗彩は「ほら」と俺にセーターの袖口そでぐちを鼻に突き出してきた。

 渋々俺はくんくんと嗅いでみるも、

「わからん」自分のにおいなんて分かるわけがなく、俺はあっさり答えた。

「ならもし、これが博人のにおいだったらどうなるよ?」

 そう俺はいじらしく紗彩に聞いてみた。

「お、大崎おおさき君はちょっと……嫌かも」

「わかった。あいつに言っとくよ」

「え、駄目だめ

「あいつの前で、紗彩はお前の臭いが苦手だって言っとくよ」

「ダメダメ。やめてえ!」

 そう俺は紗彩を揶揄からかいながら、あははははと大きく笑った。


 こんな日がずっと続いてくれればいいのに。

 そう俺は願ってやまなかった。

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