2nd track 学校の中の自分と家の中の自分は、性格が全く違うことがある
「はい、快晴。」な登校時間
外に出ると、あまりの天気の良さに思わず顔が
ぶ厚く、薄暗い雲に覆われた灰色の空が昨日だとしたら、今日は雲ひとつなく
こんな清々しい天気の日は久しぶりだ。
だが、
「うわっ、寒いなあ」
吹き抜ける風は、凍えるように冷たい。
人一倍寒いのを苦手とする俺は、ネックウォーマーと手袋をきちんと装備した上で、自転車を
駅南通りや県道を通る自動車、朝の登校時はいつも
夕方頃になると、そこにけたたましい二輪バイクまで加わって
そんな風に、よそ見しながら自転車を漕ぎ続けていると、
「わわっ!!」
タイヤが突然スリップし始めた。
俺は意地でも車体のバランスを保つべく、ステアリングを固定して急停車させた。
危うく横転して
「あ…危なかった~」
防寒具を完全に備えているのに、異様に身体の内側から寒気を覚えた。これが、ヒヤリハットというやつか。
一呼吸おいて下を見てみると、昨日の影響もあってか、未だに所々で路面が凍結している。
家からなんとか漕いでこれたが、このまま漕ぎ続けると、今度こそスリップして大怪我することもなりかねない。
そんな面倒な目に
まだ昨日の
俺は自転車から降り、ハンドルを押しながら歩いていくことにした。
普段自転車で漕ぐ分には必要としないが、徒歩となれば途端に使いたくなるものがある。
携帯を起動して音楽アプリを開き、ライブラリ画面を開く。
そんな真冬の
そう俺は、ひたすら探索し続けた。
数分間画面と
「あ、これにしようかな」
と、俺は相応しい曲を見つけることができた。
その画面に映っているのは、ELLEGARDENの「My Favorite Song」。まさしく自分の好きな曲だ。
丁度聞き始めたのも寒い時期で、思い出補正の理由もあるかもしれないが、自分にとって冬になったら、まずこの曲を聴く。
あれやこれやと悩んでいたけれども、今日からまた気を取り直していこう。
大半の生徒は今抱えている自分の事情なんて知るわけがない。
皆にはなるべく、いつも通りの元気な様子を見せていかねば。
そんな風にこの曲は、俺を前向きな気持ちにさせてくれる。
時間なんて忘れ、上機嫌な様子になりながら俺は、県道沿いの坂を上っていった。
学校についた頃には、既に正門に生活指導の先生が待ち構えていた。
その姿は
「遅いぞお前ら! 早よ入れ!」と怒鳴りつつ、登校する生徒達を取り締まっていた。
俺はここで初めて時刻を確認する。
「げっ! 8時半過ぎてる!」
聴いてた音楽に夢中で、全然時間を見ていなかった。
うちの学校は、8時40分が朝の
俺は急いで駐輪場に向かって、自転車を停めに行った。
全速力で正門を駆け抜け、吸い込まれるように校舎の中へ入っていった。
焦っていたあまり、普段さほど手間のかからない下駄箱では上履きを落としたりしてヘマをしつつ、教室に入っていった。
再度携帯で時刻を確認すると、時刻は[8:39]。
既に教室にいるクラスの皆が、俺に向かって「セーフ!」と審判のように両手を左右に伸ばし始めた。
思わず俺は、「はああ、間に合った~」と一安心して肩を落とす。
「良かったあ。まだ担任いなくて」
「おーい。ここにいるぞー!」
左耳から、低音ボイスを発する女性の声が聞こえてくる。
声の聞こえる方を振り向いてみると、生徒の席にちゃっかり足を組んだ状態で座っている担任こと
しかも、その生徒の席というのは言うまでもなく俺の席だった。
「な、何て
「こんなので姑息なんて言ったら、将来苦労するぞー」
その瞬間、チャイムが鳴り出す。
「まあともかく、良かったな。ギリセーフだ」藤枝先生はチャイムの鳴るスピーカーの方を指し、俺の席から立ち去りながら言った。「欲を言うと、遅刻してくることを期待してたんだけどな」
「いやそれ、とても教師とは思えない発言ですよ」
俺がそう突っ込むと、クラスの皆がふんと
「でもさ、考えてもみなよ。あんな正門で生徒のケツ叩く厳しい上につまらん先生よりは、多少冗談がきつい雑な方が生徒達の支持を集めるだろ」
教壇に立ち、お前もそう思うだろとでも言いたそうな目つきで俺をじっと睨んでくる。
「ま、校長には内緒だぞっ☆」
「あ、ばらす気なんて
ウインクしながら言ってきた担任に、俺は
「ほんじゃ、朝のHRを始めるとすっか!」
クラス名簿を置き、藤枝先生は
その時。
ばんっ!
勢いよく引き戸が開き、一人の男子生徒が現れてきた。
奴は、ぜえぜえと肩を上下に動かしながら、息を切らしていた。
「あ、お前は遅刻な」
そんな中、
「きゃあっ!」
と、突然前の方に座っている二人の女子生徒から、黄色い悲鳴が飛んできた。
「おい
男子生徒が、心底驚きながら博人の脚を指さしている。
「ああ、これか」
そんな何事でも無いかのように、博人は適当に彼らを受け流す。
俺も、一体博人の脚がどうなっているのかと気になり、前の方に行ってみた。
「うわっ……痛々しいなー」
俺は思わずそう独り言を吐いた。
彼の左のスラックスから、じんわりと血が
博人とは中学校も同じだったので、俺の家と割かし近く、同じ自転車通学だ。
おそらく登校中、滑りこけたのだろう。俺は無事で済んだが、彼は運悪く怪我したってとこか。
「別に大したことないって。このまま授業受けるよ」
気にすんなと俺達を手で制していたが、二人の女子が心配のあまり立ち上がった。
「駄目だよ大崎君、血が一杯出てるから」聖母のような優しい心を持つ文学少女、
「そんな痛そうなの私耐えられない。保健室行こう? 連れて行ってあげるから」両親が内科・小児科を経営しており、小さい頃から保健委員だったという
「ああ。頼むから早く、保健室いってくれ…」それと藤枝先生。…何か気持ち悪そうな様子だけど、そっちも大丈夫?
「お、そうか。分かった」と博人は素直に受け入れ、両手に花の状態で、彼女らと一緒に保健室まで歩いて行った。
……あれ?
何だこの、そこはかとなく湧き上がってくる感情は。
……別に俺も、やっぱあそこで怪我して女の子から心配されたかったなんて思ってるわけないです。
あの時、しっかり横転して怪我すればよかったなんて微塵も思ってません。
何なら昨日俺、あれの倍ぐらい脚に怪我したんですけど。
くそ、裏山…。
無限に俺の頭の中で、裏山君が
その
ふと視線を他に向けると、藤枝先生は相変わらず青ざめていた。
「どうしました、先生?」
気になって俺が聞いてみると、
「ちょっとね……血が苦手なんだよ」
弱々しい声で、そう答えた。
「ちょっとどころじゃないような…」
「あ、じゃあHR始めるよお……」
先程拳で胸を叩いたときとは打って変わって、気合いなんて全く入ってない。
俺達はしばらく、この通夜みたいな雰囲気のHRを受けざるを得なくなった。
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