第8話 ジーザス・クライスト・スーパースター
「バカな!そいつは危険だ!」
「このステーションに、もうモフモフはこいつだけしかいないんです。」
「やめておけ!怪我するぞ!」
どれだけ引っ掻かれても、松村は猫を抱こうとするのを止めなかった。ニンジャ・マスター岡田は監視カメラに向かって言った。
「おい、猫が暴力ふるってるぞ。やめさせないのか?」
“ボウリョク、カクニン。ネコヲテイシシマス”
猛然と松村を引っ掻いていた猫が、スイッチが切れたようにおとなしくなった。松村は嬉しそうに猫を胸に抱いて撫で始めた。仮死状態が長すぎて少し脳に影響が残ったようだな…心配するな、松村。スペイス・ニンジャ・カンパニーの福利厚生は宇宙一だ。とことん面倒見てやるぞ。
松村のせいで、ほとんど寝られないまま、センキョの警護二日目が始まった。が、開始早々に事件が起きてしまった。猫が立つはずのスピーチの演壇に、手違いで猫を胸に抱いた松村ニンジャが登壇したのだ!
「日系宇宙ステーションに生きるみなさん―センキョ二日目、おめでとう―」
うろんな松村の視線がゆらゆらと泳ぐ。見るからにアブない感じだ。
「僕は言いたいことがあります…日系宇宙ステーションに生きる目的は、あなたの胸の中にいる小さな生き物を殺して、そこから奪ってでも自分の命を繋ぐことでしょうか?」
これは昨日実行されたモフモフ追放のことだ。
「そんな世界に私は生きていたいとは思えない。なぜなら、私が生きるためには喜びが必要であり、私は腕の中に抱いた小さな弱い温かい生き物に、自らのゼリーを分け与える以上の喜びを知りません。」
松村ニンジャは自分の朝食に配給されたゼリーのチューブを高く差し出し、ゆっくりと猫に与えた。ちゃぷちゃぷ、と猫がそれを美味しそうに舐める。人々の動揺を受けて、ステーション内の信号が点滅する。生体メタデータ群が激しく変化しているようだった。
「生きるために生きたくはない。喜びのために生きたい。」
松村ニンジャは静かにほほ笑んだ。冷徹な合理性の権化であった猫を胸にだき、全身のひっかき傷から血を滴らせた松村は、まるで茨の冠を抱いてもなお微笑む聖者のように見えた。
「マツムラ、万歳!」
「マツムラ、マツムラ!」
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