天への塔が告げる刻

あじたま

第1話 覚醒

「おいっ!?誰か轢かれたぞ!」

夜7時の交差点。

そこそこの交通量のその場所で、そんな悲鳴が上がった。

「誰か警察に!」

「救急には連絡しました!」

「大丈夫ですか!?意識ありますか?」

そんな声の中、後ろ方から自身を見つめる異質な何かが、呟いた。

『少年、私と契約しないか?』

朦朧とした視界の中で、明らかに幽霊のような存在ものが見える。

それも、なにやら鮮明に。

(これ……死んだな)

だって、現世こっち側じゃなさそうな奴見えるし。何かそっち側に誘われてる気がするし。

『失敬な。確かに私は霊体だが、まだ黄泉人ではない。しっかりと現世に帰属する生命だ』

「救急車が来ましたっ」

「警察です、状況の説明を……」

「えっと、状況は……」

(心、読めるのか?)

『まぁ。最も、君のように死に瀕して心の声が駄々漏れになったような者からしか聞こえんがな』

(そう、なのか)

「頭痛みますか?」

救急隊員が彼に声をかける。

『少年、君に話が…いや、この状態では話すものも話せんな。少年、自身の幸運に感謝すると良い。私は君と出会えた幸運に感謝するよ』

そんな声を最後に、少年の意識はブツリと途切れた。


◆◆◆


少年、奇跡の生還

そう銘打たれた新聞の大見出しには、先日の事故から奇跡の生還を果たした少年と、その事故相手のハンターの上司にあたる日本最高と呼ばれるハンターが賑やかに手を繋いでいる写真が映されていた。

『金と権力に黙らされたな。情けない』

それをニヤニヤした顔で見る少年本人とそれに対し何処か不満げな幽霊らしき者が病室にいた。

「そんな事言うなよ、七条さんは俺の憧れ何だ」

七条夏希。

日本最高と呼ばれる女性ハンターにして国家ギルド【七星】のギルドマスターだ。

『私とてあの少女だけならばここまで評価は低くない。原因は事故の当事者だ!あの俗愚物、謝罪に来ないとは全く良い度胸をしている!』

長い黒髪に、女性と見紛うかのような端正な顔立ちの男性。

事故のあの日以来、こうしてえてしまっている。

まぁ、そこまで悪性の者とも思えないのでこうして会話相手として重宝しているわけだが。

『で、だ。日釈ひしゃくしるべ君、腹は決まったか?』

「……あぁ。ってか、元々決まってたよ。ってのも、信じてたしな。それに、あんたの話通りなら、七条さんも死んじまうんだろ?俺は嫌だぞ、そんなの」

『ほう?私を信じていたのか』

意外そうな顔をする幽霊。

「そりゃ、あんだけ奇跡奇跡騒がれまくったらな。現実的に考えて、俺が精神力で何とかしたってよりもあんたが回復させてくれたって思った方が可能性あるだろ」

『いや、君の精神力と言う観点もあながち間違いではないよ。本来君の最後となる筈だったあの瞬間、潜在魔力が覚醒し、その場に私が居合わせた偶然は、紛れもなく君の運命力が掴み取った奇跡に他ならない』

「そうか。……ありがとよ」

気恥ずかしそうにする標をスルーし、契約の確認を始める幽霊。

『では、契約内容の再確認をするぞ?私から君への要求は私と共に天への塔の謎を解明する事。そして、ハンター達を、救う事だ』

何らかの魔法により作成した契約書を見せてくる幽霊。

「あぁ、問題ない」

『それではこれより、この私、エルネハイム・ローレンス・ブラッドの名の元に、契約を執り行う!』

病室全体を魔方陣が囲む。

『不履行無く、違反無く。我等が御霊に契約を刻む』

ドクン、ドクン。

心臓が跳ねる。

『君の潜在魔力は目覚めたばかりだ。少しキツいぞ』

思い切り、心臓を叩かれたかのような衝撃が襲って、

「─────はっ」

魂に、何かが刻まれた。

「はぁ、はぁ」

『契約成功だ。次いでにお前の中の魔力を強制的に活性化させた。しばらく調整するから私は反応出来なくなる』

淡白にそう言って、その男は熔けるように消えた。


◆◆◆


20年前の話だ。

とある裏切りによってその肉体を失い、元の世界との繋がりである肉体を失った私は、何らかの要因でこの世界に迷い込んだ。

最初は戸惑ったものだが、当たりはすぐについた。

【天への塔】

そう名付けられた巨大な塔は、私が良く知る建物に酷似していた。

────魔術霊峰院、ノーリッジ。

天を貫き、その最上階は仮想空間に隠されている。

賢者の塔を登りきった一握りの天才しか辿り着けぬその巨大都市は、否応なしに裏切りの記憶を思い起こさせる。

そして、その内部や詳細を知ると、私は更に驚愕した。

極まった栄華を誇った超文明都市の姿は消え、森、砂漠、果ては海や石造りの迷宮。

180度どころではない変化を遂げていた。

魔法実験の事故か?

それとも聖十三大賢の仕業か?

色々な考えが巡り、それを実証するために色々と動きはしたが、答えは出ない。

幸い、生前所持していた魔力が大量に残っているので、後万年は問題なく動けるが、それでも焦燥は募るばかりだ。

更に言うならば、魔術霊峰院───もとい天への塔は、現地人とでも言うべき彼らに驚きの変化を与えた。

それは、ステータス。

つまり、外付けの魔力器官である。

天への塔は、その内部に足を踏み入れた者の力を可視化し、さらに魔力を与えた。

それも潜在的に眠っているものを覚醒させる訳ではなく、強制的に外に魔力タンクを着けるような形で。

自殺行為だ。

いずれ魔力に耐性の無い体は崩壊に至る。

止める術は限られている。

それこそ、潜在魔力を覚醒させなければ、ステータスを与えられた人々、ハンターは外部からの魔力圧に耐えられず死ぬだろう。

深海魚を陸に引き上げる、いや、陸上生物を深海に沈めるかのごとき無理強い。

明らかに、誰かの意図したものだろう。

それが誰の意図したものであれ、恐らくは殺意の伴うものだ。

────全く、吐き気がする。

だが、どれ程怒ったところで、私には何も出来ない。

潜在魔力に覚醒しておらず、魔力を取り込む事の出来ない人間や物質に、魔法や魔力は干渉出来ない。

もっと簡単に言えば、当たり判定が無い。

つまり、純魔力体である私には、どうすることも出来ないのだ。

彼らは魔力を扱えるとは言え、あくまでも外付け。

私が見えない、とはつまりそういう事だ。

ハンターや一般人の中を探し回ったが、私の事を視認可能な者には誰一人出会う事が出来なかった。

最早、仕方ないと諦めていたその時だった。

「おいっ!?誰か引かれたぞ!」

中年の男の怒声にも似た悲鳴が辺りに木霊して、私も思わずそちらを見た。

目が、合った。

この世界で、初めて。

目が、合ったのだ。

────20年の孤独が氷解する。

『少年、私と契約しないか?』

最も若き天才、時を食らう魔術師、深淵の大賢者、エルネハイム・ローレンス・ブラッドと、その弟子、日釈標はこうして出会いを迎えた。

───────────────────────────────────────────────────────────────

「改めてまして、私は、リリアナ・メイベル、テイマーです!」

『あれには気を着けろよ標。龍とか、その類いの怪物だ』

「大丈夫かい?標君。助けに来たよ」

『我は卿龍、ドラグネス・ポルポネス!これより先を通りたくば灰塵に帰す覚悟をせよ!』

『悪いな、今弟子と妹分が踏ん張っているんだ、ここから先を行かんとするなら、君達は相応の代償を払う事になる』

「逃げろ、標君。は、格が違う。怪物だ」

『これ、は。なぜ、【聖女】がここに!?』

「─────お久し振りです、我が英雄、エルネハイム」

「見ててくれよ、姉ちゃん、俺は絶対生きて帰るからさ」

「やろうぜ、師匠。アンタならやれるんだろ?」

「全ては、我の到達の為、犠牲となれ日釈標!」

「忘れてねぇーか?俺は世界最強最高の弟子だぜ?テメェ程度にやられる訳ねぇだろクソ茄子ィ!!」

「───終わって、ません。まだ、何も!」

「──────開くぜ、この門を」

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