第13話 幼馴染の思いは?

 俺と茜はクラスが違う。


 学年は一緒なものの、廊下で時折見かけるだけで、フラれて以降は一言も言葉を交わしていなかった。


 交わさざるを得ない状況なんてものを作らなかったんだ。


 だから、こうして互いを知ってる後輩を連れてる状況で会うことは、俺にとって最悪だった。


「あ、茜……」


「っ……」


 返答らしい返答は何もない。


 次の授業で体育があるのは俺たちのクラスのはずだ。なのになんでこんなところにいるのか。


 そういったことをやんわり聞こうと思ってた。


 久しぶりに会話したいという意味も込めつつ。


 だけど、茜にはそんな考えがないみたいだ。


 体操服を入れたカバンを持つ手ともう一つ。


 右手に持たれてたペットボトルを俺のそばにあったゴミ箱は捨て、すぐさまそこから立ち去ろうとする。


 が、


「あ、茜先輩! ま、待ってください!」


 俺の隣に座ってた天井が声を上げる。


 普段おとなしいこの子からすれば、それは結構大きな声で、決心したような意志を感じる、そんなものだった。


「……何……かな?」


 茜自身も天井の声に驚いたのかもしれない。


 進めようとしていた足を止め、振り返らずにぎこちない声音で応えた。


「……あの……、あ、蒼先輩とは……話されないんですか?」


 一瞬、内臓がヒュッと浮かんだような感覚に陥った。


 それはたぶん……恐れからくる現象だと思う。


 俺は茜の後ろ姿を見たいたところから、自分の足元へと視線を移動させた。


 怖い。


 茜がなんて返すのか。


 どんな顔をしながらモノを言うのか。


 それらを知るのが。


「……天ちゃんは……私たちのこと、知らないの?」


「……それは……どういう意味でしょう……?」


「わかってるくせに。わかってるから、そんな聞き方ができるんでしょ? 私と……瀧間くんが別れたこと」


 何気ない呼称だったけど、それがすごく生まれた溝を感じさせてくれて、俺はどうしようもないほどの絶望感を味わった。


 瀧間くん、か。


 茜と知り合って、そんなよそよそしい名字呼びなんてされたことがなかった。


 わかってたことではあった。


 でも、改めて俺たちは別れたんだな、と思わされて、それが胸のうちに爛れたような傷を作った気がした。


 物理的でない何かで痛みを感じたのは人生で初めてだ。ただただ、痛い。


「それって……本当なんですか……?」


 絞り出したかのような天井の声。


 それに対し、茜は振り返って応える。


「本当だよ。だから今もこうして会ってるけど、私たちは目も合わせない。……合わせられない」


「ど、どうして……? あんなに二人は仲が良かったのに……」


「……色々あるの。本当に……色々」


「幼馴染で、昔からずっと仲良しさんな関係でもですか? 別れるほど何かがあったっていうんですか? どうして? どうして私とか、大樹くんとか、もっと色々周りの人に相談してくれなかったんですか? 蒼先輩、すごく悲しんでたんですよ!?」


「あ、天井!」


 ヒートアップしていく天井を前に、俺は気付けば声を出していた。


「もういい! いいんだ! 俺と茜は何を言ったって……もう……」


 関係が元に戻ることはない。


 それは、茜に新しい恋人ができてるという事実が、何よりも証明してくれてる。


 だからこそ俺は苦しくてたまらないわけだが……そんなことはこっちの話でしかないんだ。茜には関係ない。


「……そうだよ、天ちゃん? 瀧間くんの言う通り」


「っ……!」


「物静かでおとなしかったあなたがそこまで一生懸命になってくれてるのは、本当に私たちのことを思ってくれてたからだと思う。ありがとう。でもね、別れが突然やってくることだってあるの。そういう感覚、天ちゃんもわからない?」


「……わ、わからないです……。そんなこと、考えたくもない……です」


「それもそっか。……大樹くん、色々と彼女さんの気持ち察してくれそうだもんね。いいことだと思う」


 それは明らかに俺に対する口撃のように思える。


 俺は……きっと茜の気持ちに気付いてやれない部分があったんだ。


 茜が喜んでくれると思ったこと、色々と自分なりに考えてしてたんだけど、それだけじゃ埋められない何かがあった。


 竹崎はそれができるんだろうな。


 俺の方が圧倒的に茜と過ごしてた時間は長かったのに。




「それでよー」

「ははは!」

「いやお前さー!」




 向こうの方からガヤガヤと男子の声が聞こえてくる。


 時間も時間だ。


 色々と考えさせられるけど、自暴自棄になってる場合じゃない。


 天井を大樹に会わせないと。


「……そろそろ体育始まるし、更衣室行った方がいいんじゃない?」


 移動しようとしてたところ、茜が俺にそう言ってくれた。


 今日初めてだ。目を合わせてくれたのは。


「……うん。わかってる。その前に、ちょっとやることがあるから」


「……そう……」


「……うん……」


「………………」


「…………?」


 そう言って、茜はなぜか俺の方をジッと見つめてくる。


 その瞳は若干潤んでるようにも思えたが、たぶん気のせいだ。


「茜……先輩……?」


 不思議に思ったのは俺だけじゃないようで、天井も茜に声を掛ける。


 すると、茜は弾かれたようにハッとし、くるりと踵を返した。


「……私、行くね」


「あ、ああ」


 走り去っていく茜。


 俺と天井はそんな彼女の後ろ姿を眺め、首を傾げ合う。




「お! 蒼! なになに、珍しくね? 蒼が俺より先についてるとかいったい何事……って、さささ、さっちゃん!? なんで蒼と一緒にいんの!?」




 茜が去ったタイミングで大樹がうるさく登場。


 よれよれの体操服バッグを片手に驚きの表情を作ってる。


「大樹くんが教室にいなかったから、蒼先輩が一緒にここで待っててくれたんだよ。さっき二年生の教室に行ったんだ、私」


「え! マジ!? 嘘じゃん、何事!?」


「広報部のことで話し合わないといけないことがあるんだってさ」


 俺が言うと、天井はうんうん頷き、


「ごめんね。私もいきなりのアポ無しだった。悪いのはこっちなの。大樹くんは悪くないから」


「ううん、そんなことないって! 俺、教室にいればよかった……。蒼、ありがとな。さっちゃんと一緒にいてくれて」


「そのくらい別にいいよ」


 おかげで俺も一人にならずに済んだ。


 茜とばったり会ったのもここにいたのが原因ではあるが、天井が側にいてくれて助かった側面もあったから。


「じゃ、俺先に更衣室行ってるからな。話し終えたら後で来いよ、大樹」


「おうっ!」


 元気に手を振る友人の姿を見て、俺は更衣室へと歩を進めた。


 ……しかし、まさかほんと茜と会ってまた話すことになるとは。


 胸の内がズクズク痛むのはまだ消えちゃいない。


「瀧間くん、か……」


 あれ、ショックだったなぁ……。


 昔から茜は俺のこと下の名前で呼んでくれてたのに。


 そういえば、あいつなんで体育じゃないのに体操服の入ったカバン持ってここにいたんだろ。


 結局聞けず終いか。まあ、もう済んだことだし、わからん。仕方ない。


 そんなことを考えつつ、更衣室の扉を開けようとした時だった。


「蒼先輩」


 背後から名前を呼ばれ、俺は身体をびくつかせる。


 振り返ると、そこには笹の姿があった。


 

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