第12話 先輩のおかげなんです
辿り着いた体育館前。自動販売機のところにて。
体育館内にも男子更衣室の中にも残念ながら大樹の姿はなく、当初の予定通り俺と天井はそこで奴を待ち伏せることにした。
昼休みはあと二十分ほどある。
微妙な残り時間といえばそうだし、充分だとも思える。
せっかく二年の教室まで来てくれたんだ。天井が余裕をもって自分の教室に戻れる時間くらいで大樹には姿を見せて欲しい。なんか伝えたいことがあるらしいから。
「いいよ、天井。何でも好きなの選んで」
「ほ、本当にいいんでしょうか? 先輩の奢りだなんて」
「気にしなくていい。後輩は先輩に奢られてくれ」
何もせずに待っとくのもなんだし、とりあえず何か飲むことにした。
俺は適当なグレープジュースを選択し、天井にと適当に小銭を入れてあげる。
「自販機に入れたのは二百円なんだしさ、思い切って百八十円のナタデココジュース押しちゃっても大丈夫だ。好きなの選んで」
「それはいいです! ……な、なら、私はこれを」
遠慮がちに百円の缶コーヒー(ブラック)を選ぶ天井。
俺は、つい「え」と声を漏らしてしまった。
そのタイミングで「ガココン!」と取り出し口に落ちてくるブラック缶コーヒーと、こっちを向いて固まる天井さん。
質問せずにはいられなない。
「天井ってブラックコーヒー飲めるの?」
「……あ……え、えと……」
「え?」
「……(汗)」
あぁ……飲めないんですね。
やっちまった、とでも言いたげな表情。
安いからとにかく選びました感満載だった。仕方ない。
「……これ、飲んで」
「へ……?」
「グレープジュースなら飲めるよね? 俺がその缶コーヒー飲むからさ」
「ご、ごご、ごめんなさぃぃ……」
涙目になって謝ってくる天井だけど、実は俺もそこまでブラックコーヒーが得意なわけじゃない、なんてことは言えなかった。
あくまでも強がる姿勢は崩さず、缶コーヒーを受け取り、グレープジュースを渡す。
そんでもって、近くのベンチへ二人で並んで腰かけた。
「こういうの……いつもの私の悪い癖で……。自分で飲めもしないなら、遠慮したって同じ……いえ、もっと悪いですよね……」
「そ、それはー……」
うん、とも断言できない。
いや、そりゃ実際のところは天井の言ってくれた通りだ。気を遣ってくれても飲めないんだったら意味がないどころか損しかない。
だけどなんていうか、うーん……。
「……まあ、そうなのかもしれないけどさ。歳上に対してテンパる気持ちとか、なんとなくわかるんだよね」
苦笑しながら言うと、天井は申し訳なさそうな、けれども意外そうな顔でこっちを見つめてきた。
俺は続ける。
「それこそ天井の性格とかもあるし、ついついやっちゃったってこともあるだろうなーって考え始めたら、責める気なんて起きないよ。気にしなくていいからね」
「あ、蒼先輩……」
「大樹はもっと色々知ってるんだろうけど、そんな大樹の友達である俺だって少なからずは天井のこと知ってんだからさ。その辺は『やっちゃいました先輩~』って笑い交じりに言ってくれてもいいよ。『またかよ~』って俺も返すだけだし(笑)」
「そうなったら先輩破産しちゃいます……。缶コーヒーの山に埋もれちゃいますよ……」
「はははっ。かもな! まあ、もう今の俺は誰かを支えなくていいし、破産しようが何しようが関係ないけどな」
言いながらちびりとコーヒーを飲む俺。
だけど、内心では「余計なこと言ったな」と後悔してた。
天井の前で茜の話はしないつもりだったのに。話の流れがそっちへシフトしていってしまう。
「……ありがとうございます、先輩。こんな私なんかに色々……」
「いいっていいって。天井が苦労して自分を変えようとしてるのは知ってるんだから。その過程で大樹と付き合うことになったってのもね」
「……大樹くんと付き合えたのだって先輩の尽力のおかげです。きっと私一人だったら何もできませんでした。……今だってこうして一緒に待ってくださってますし……」
「そんな大したことしてないから、俺」
「大したことですよ。私からすれば神様みたいな人です。感謝してもしきれません」
「言い過ぎだって」
「だから、そんな先輩があんなことになって私……」
「………………」
ほら、見たことか。
訪れる沈黙に微妙な空気。
天井が何を言おうとしてるのかはわかる。名前を出してないけど、俺があんな不幸な目に遭うだなんて、って言われ方したら、それはもう茜のことなんだ。
ため息が出そうになった。バカだな、自分、と。
ついつい口を滑らせた。自虐ネタを言いがちな俺だけど、ここで茜のことを言わなくてもよかったじゃないか。
空気が悪くなる。実際、今の空気はちょっと冷えたものに変わった。俺のせいだ。
「ま、でもだよ天井。俺もさ、そういうことがあって色々勉強になったっていうか、一段大人になれたっていうか、前向きに今は捉えられてるから」
「……本当……ですか?」
「うん。ほんとほんと。もう茜のことは別に好きでも何でも――」
――と、言い切ろうとした時だった。
「……あ」
体操服の入ってるカバンを肩にかけた茜が、ちょうど俺たちの前に姿を現した。
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