人に向けて魔術を使う

 戦争、思ったよりも早く終わるそうです。拍子抜けではありますが、良いことです。

 最初からこの程度の小競り合いのつもりだったのか、何か事情があって切り上げざるを得ないのか。あちこち噂や憶測が飛び交っていますが、実際はどうなんでしょうねえ。暇つぶしの話題としては丁度良いですが。

 まあ、そういう話は結局お偉いさんに任せるとして、私は魔術師としての意見を述べようかと思います。たぶんそういう枠ですしね、ここ。


 今回特に注目を浴びたのが、対人戦における実用的な簡易魔術の運用でした。

 簡易魔術とは、一般的に言われているところの「魔法」です。

 ただ、この「魔法」という言葉、結構ざっくりとしたくくりなので、魔術師の間ではあまり好まれていません。かつての原始魔術から、現代魔術の一部まで含むこともあります。

 よって、普段は私も簡易魔術と表しています。

 たまに「その、かんい魔術って、何よ?」と尋ねられることもあるので、そういう人は、用するに魔法のことだと思っていてください。


 さて、そんな簡易魔術が今回の戦争で注目された理由ですが、簡単に書いてしまうと、その手軽さにあります。

 魔術への理解も素質も、大していらない。術式に従って組み上げるだけで、誰でも魔術が使える。ほとんど魔術の勉強などしていない兵士にだってです。昔から、簡易魔術はそういった点で注目され続けていました。


 もちろん、便利なだけではなく欠点もあります。まず、魔術の規模を変更できない。

 簡易火玉術式は、その火の熱さも大きさも、誰が使っても同じです。そして、それ以上火力を上げることも、下げることもできない。素人が下手に手を加えれば、文字通り火傷するでしょう。要するに応用が利きません。


 次に、これが最も問題と言われていたのですが「発動前に解除されやすい」という点です。

 簡易と名につく通り、簡易魔術の術式は単純になりがちです。そうでなければ誰でもは使えませんから。

 多少腕の立つ魔術師であれば、例えば十の簡易魔術を同時に展開されたとしても、一息の間に解除できるでしょう。

 そのような術式が、果たして実戦で役に立つのか、立たないのか。これまで交わされてきた机上の空論が、ついに現実となったのです。


 結論から言うと、役に立ったかはともかく、大きな変化がありました。

 両国は簡易魔術の術式を、片手間に解除されない程度に複雑化して、今回の戦争に用いたようです。そしてそこには、駆け引きが生まれます。

 どの魔術を優先して潰すべきか。あるいは、どの術式は割り切って触らないか。現場の魔術師がそれらを正確に読み取り、軍人が判断しなければなりません。


 特に今回話題に上がったのが、囮のための簡易魔術、要するに、中身の無いハリボテです。

 少し見ただけでは強大な魔術のように錯覚させてしまうそれは、現場の魔術師を大いに混乱させたそうです。

 これはあくまで噂ですが、大きな音を出すだけ、なんていう魔術もあったといいます。これは冒険者活動でも使えそうなので、個人的には一番注目しています。


 しかし、話を聞けば聞くほど、対人間と対魔物ではこうも戦略が違うものかと思わされますね。魔物を相手にするとき以上に「騙す」ことに注力しているように感じました。

 こういうことを話すと「どうせお前のことだから、人も魔物も燃やせばいいとか思っているんだろう」などと言われてしまいます。私、そんな人間だと思われているんですか?人を何だと思っているのでしょう。全く、心外です。

 第一、人に向けて火魔術を放ったことなんて、ない、はずです、数えるほどしか。

 (エスメラ)

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