まだまだ底は見えません

 悪魔の死体を回収する研究について、先日魔術師ギルドから発表がありました。

 未だその多くが謎に包まれている悪魔についての情報が増えれば、悪魔と関わりの深い魔術についても、大きな発展が見込めるでしょう。

 今はまだ「悪魔の死体を確保できる程度」と思われるかもしれませんが、魔術史において、大いなる進歩の第一歩となりえるかもしれません。これからも注目してみてください。


 以前、資料作成を手伝わされたことはここでも書きました。あのとき目を通した研究内容には驚くばかりでしたが、仕上がりを読むとやはり素晴らしいものであると再認識させられます。

 近頃の魔術師ギルドはこの話題で持ち切りです。すごい部分が多すぎてここでは書ききれないし、抜粋しても専門的すぎるので上手く表現できず、歯がゆい思いです。とにかくすごいんです。


 まあ、国の協力が必要なレベルの大がかりな装置が必要なので、実際悪魔を相手に実験するのはまだまだ先になりそうですが。そのときは私もついて行けないかなあ。マスターの靴でも舐めてきましょうか。


 わりと勘違いされがちですが、悪魔そのものには悪意や害意はありません。どころか、そもそも意志すらない、とすら言われています。

 私も悪魔を何度もこの目で見てきましたが、人型のぼんやりとした光がうごめいているだけで、別に人に向かって攻撃とかはしてこないんですよね。

 ただ、悪魔の付近で炎が燃えたり水玉が破裂したり雷が落ちたり地面が隆起したり。あまりにもおっかないお祭り状態なので、危険であるのは確かですが。


 さて、今回の研究結果は魔術界に大きな衝撃を与えたわけですが、正直私は、あのギルドマスターがこれだけで終わるとは思っていません。「何世代先を行くんだ」と言われ続けたあの人の限界が、これだけだとは思えないのです。

 魔術師にしては珍しく自重するタイプなので、今すぐとはいかないでしょうが、第二、三の衝撃が来るものだと、勝手に期待しております。まあ、何年先の話かは分かりませんが。


 実は以前、と言ってもだいぶ前ですが。ちょっとした喧嘩から、酒の勢いもあって(マスターと会う時の半分は飲んでいます)、マスター相手に魔術を撃とうとしたことがあります。

 もちろん、怪我しないようなやつですよ?「当たったらめっちゃ痛いだろうなあ」って勢いで、顔面に冷水を放つつもりだっただけです。


 しかし彼女は、私の魔術を発動前に読み解いて解除、より複雑に構築された冷水術式で反撃してきたのです。

 私の編んだ魔術は、手癖もあったでしょうし、その場で組み上げたので単純な術式だったでしょう。とは言っても、既存の形式から外して組み上げたのだから、まさかそんな、簡易魔術を解除するみたいにあっさり攻略されるとは露程にも思わず。

 呆気にとられた私は、そのまま顔面に水を被ることとなりました。めっちゃ冷たくて痛かった。


 正直言って、当時の私はマスターをなめていました。研究室上がりの大昔の魔術師なんぞに、魔物を相手取ってきた私が負けるはずがないと。

 しかしもはや、実戦経験の有無とか関係ないぐらいの魔術師としての格の違いを、このとき見せつけられたのです。同時に、やっぱおかしいなこの人と思いました。どうしてあの一瞬であの術式を解除できるんですか?


 可憐な見た目に騙されてはいけません。実戦経験がないからと見下してもいけません。あまりに理不尽です。かつての大魔術師じゃなくて、ドラゴンが中に入っていますと言われた方がしっくりくるぐらい。

 それでも彼女を知らない人が絡みに来たりすると、隣の私は、それはもうヒヤヒヤするのです。

 (エスメラ)

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