キモコイ短編集

ジャンパーてっつん

道連れ

5月××日、駅の公衆トイレから勢いよく出てくる男に僕は思わずぶつかりそうになった。

「すみません。」

と僕はとっさに謝ったのに、男は目もくれず勢いよく立ち去って行く。

いつもならこんなこと我慢できるのに、今日はどうにも腹の虫がおさまらない。

全てを投げ捨てて殺してやろうかと思った。

そして、僕はすべてを投げ捨てることにした。

僕は、改札を出ていく男の背中を追った。

人ごみにまぎれ、形を変える男の姿はまるで蜃気楼のようだった。

しかし、僕はその男の背中をわずかに残る記憶を手繰り寄せるようにして追いかけていった。

橋を渡り、大学を抜け団地の中を歩いていく男を尾行しながら、僕は違和感に気付いた。

男の歩く道筋がでたらめなのである。

背丈格好と言い、一見大学生かと思われた男は、校舎には目もくれず構内を抜けただけで、団地に住んでいるのかと思えばその団地からつながる抜け道を通り、どこかに向っているには不自然な、まるで遠回りをするような歩き方をしていた。

しばらくして僕と男は5メートルほどの距離を保ちながら藪の中に入っていった。

その時にはもう殺してやると勢いづいた気持ちはどこかへ行き、代わりに僕は引き返すにもこの男に背中をみせるのは何か癪にさわるといった辞めるに辞めれない気持ちになっていた。

藪の道は今まできた道よりもずっと長く、まっすぐに進んでいるはずなのにまるで二度と戻れない迷路に迷い込んだかのような不穏な空気が漂っていた。

僕は後ろを振り返ってみたくなった。

引き返すにはまだこのタイミングではないと思っていたが、一度帰りの道を確認する必要はあると思ったからだ。

確かに一本道である。

しかし、男はまだ歩いている。

男の背中がだんだん細くなってきていないか、

あんな服着ていたっけな。

男の長シャツは濁った緑色をしていて当たりの藪と見分けがつかないほどだった。

だんだん男なのか藪なのか、もうろうとしてきた時分、ハッと気がつくと男の姿はもう目の前にはなかった。

僕はあたりを見回して自分が今いる場所がどこなのかを思い出した。

ここは、昔幼馴染のさなえちゃんとかくれんぼをしていた場所だ。

小さなころからさなえちゃんとは両親の付き合いからよく遊んでいた。

やんちゃぼうずだった僕はよくこの藪の生い茂った森にさなえちゃんを無理にひっぱりこんでかくれんぼをしていたな。

でもなんで、あの男は?さなえちゃんと遊んだかつてのこの場所になぜ自分が今いるのか。

僕がその答えを思い出すのにそう時間はかからなかった。

さなえちゃんは10年前大学生くらいの背丈の男にこの藪に連れ込まれ、行方不明になっていたのだった。

そして二人の変死体が見つかったのもこの藪の中からだった。

駅構内の監視カメラに映った男子便所から勢いよく飛び出した男の顔が捜査のきっかけとなり事件は解決に向かったらしいのだが、その男の姿はテレビ越しに今でもはっきり思い出せるほど異質で、血相を変え覚悟をきめるようなその眼光は脳裏にやきついていた。

僕は背中に冷や汗が流れるのを感じた。

男にぶつかりそうになり殺してやると覚悟をした数分前の自分はまるで当時さなえちゃんを誘拐し道ずれにすると覚悟をきめた男そのものだった。

ごくりとつばを飲み込み固まった足を僕はなんとか帰路につかせようとした瞬間、....


「って、何してんのー??」


「さ、さなえちゃん!」


「これ、新しいホラー小説?」


「そんなんじゃないよ。」


「みせて!みせて!」


「いや、そういうんじゃなくて。」


「さなえ??ねえ、杉本君かってに私の名前小説につかってんの?」


「え?あ。いや。」


「もう、ほんとそういうの困るんだよねー。物書きって勝手に想像で人をころしたりするからさー。」


さなえちゃんの顔はふてくされてツンとしていた。

かわいいな。


僕はそっとパソコンを閉じた。












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