煤けた指。
襲い掛かる物量攻撃!
逃げ場がないことを悟った私は足を止め、迫り来る脅威の排除を優先した。
ドゴッ。
剛を砕く熟練の棒術、片端から砕いて砕いて砕く、石材を打つたび骨に衝撃が伝わる。
完全に虚を突かれた形ではあるものの、その奇襲は決して超高速というわけではなく、速やかに体勢を整え対処すれば防げない程のモノでは無かった。
……問題は。
問題はさきほど一瞬姿を見せたかと思ったらすぐに気配を消したエルニスト=ガザール、おそらく今もどこかで静かにこちらの隙を伺っているのだろうな。
私の意識は既に周辺の警戒に向いていた。
対応は迅速、対処も的確、されど獲物の強度だけは足りていなかった。
バギィィン!
本来武器として使用されることを想定していない単なる鉄の棒切れは。
人ならざる者の力で硬い石材に叩きつけられる、そのあまりの負荷に耐えきれず途中でグチャグチャにひしゃげて折れてしまった。
無茶をさせすぎたか……!
依然として頭上にはまだ脅威が残っている、避けようにも安全な避難先が無い、今居る足場を確保すること以上に無事に済む方法はないであろう。
カランカラン。
約立たずとなった金属片を投げ捨てる。
そして腰に吊るした剣の柄に手を伸ばしたその時。
——キ。
私は視界の端に、石材を切り裂く黒い刀身を見た。
「っ!!」
——抜剣。
ギャリギャリギャリギャリッ!
黒剣は火花を散らしながら剣の腹を撫でていった。
敵の奇襲を防ぐと同時に真上の瓦礫をたたっ切る、これで後は前方にだけ集中していればいい。
一方、真っ二つに両断された瓦礫の向こうから姿を現すエルニスト=ガザール、彼女は自分が今しがた切り裂いた石材をこちらに蹴り飛ばして寄こした。
「これあげますよッ!」
ゴウッ。
凄まじい急加速、この至近距離でその範囲の攻撃を避け切ることは不可能であった。
——ドォンッ!
私はまるで熊の突進を受け止めるが如く踏ん張り、全身に襲いかかる強烈な質量を捕まえる。
「ぐっ……!!」
ズザザッ……!
後退しながらも勢いを殺し切る。
「……そう、ら!」
膨張する筋肉、足、腰、肩、身体中あらゆる箇所の力を使って己の体重を遥かに上回る巨大な荷物を押し出し、そして力の限り思い切りぶっ飛ばす。
……が、
射出された大石塊には瞬く間に無数の亀裂が走り、次の瞬間には細切れになって崩れ去った。
ニタリという獰猛な笑みを残し、エルニスト=ガザールの姿が掻き消える。
——刹那。
穴の空いた天井から差し込む月明かり、電気の消えた部屋を照らすのは星の光、それは一瞬雲に遮られ私たちの世界は真暗い谷底に彩られた。
ただひとつの色によって染め上げられた広い部屋、この人智を超えた闇を払ったのは。
——バヂィィッ!
二人の剣士によって生み出された鉄の華であった。
すれ違い様、交わされた剣閃は八つ。
そのいずれも狙い通りの効果は得られなかったが、我々にとってお互いの力量を推し量るのには十分だったのだ。
「……貴女やっぱりそうなんですね」
振り返る、辺りは以前として暗いままだけど、私の視力はこの程度の闇ものともしない。
遥か間合いの外でこちらに背中を向けて立っているあの女の姿がよく見える
「貴女に着けていた見張りはうちの職員の中でもきっての実力者です。
それが無惨に殺されたと聞いた時からもしやと思ってはいましたが、今のやり取りで完璧に理解致しました」
ザリッ……。
英雄が振り返る、彼女の瞳は寸分の狂いも無く正確にこちらを射抜いていた。
「よもや同士とは」
湧き上がるような喜び、それが声に滲んでいた。
「見たことはありません、会ったことはありません、けれどその血塗れの剣を見れば分かります、貴女は私と同じ境遇にある存在だ」
まるで死別した兄弟と再開したかのような、心の底から興奮するかのような声音で、英雄エルニスト=ガザールは私に渾身の笑顔を向けたのだ。
だが直後。
「けど貴女は私の部下を殺した」
それは憎悪へと移り変わる。
彼女の顔はもう笑っていない。
「これは私の油断が招いた結果です、もっと早い段階で貴女の危険性と目的を把握していれば事態は未然に防げていたかもしれない」
苦悶の表情を浮かべ自らの行いを後悔するエルニスト、きつく噛まれた唇からは血の雫が流れている。
「せめて私に出来ることは、彼らの仇を討つこと」
彼女はそう言ってこちらに切っ先を向けた。
「治安維持の為という旗を振り、貴女に報復します」
月光に照らされたその刀身は妖しい輝きをたたえている。
「下劣な悪党の首に掛かるのは処刑台の縄ではなく、怨恨に取り憑かれた悪霊の冷たい指!
我が名は英雄エルニスト=ガザール!
たとえこれが望んだ道では無いとしても、今ある平穏を崩そうとする貴様を生かしておく訳にはいかない!私の可愛い部下を殺したツケを払ってもらう!」
「……そうか」
その主張は、正しい。
私は彼女の日常を侵略した殺戮者なのだから。
「だが斬らせてもらう」
構える重みはいつもと違う、刃の厚みも長さも握った感触も、何もかも普段と違っていて馴染み無い。
なれどこの胸に抱いた信念は揺らがず、たとえ刀が折られようとも私は決して曲がることは有り得ない。
雑念を振り払い敵と相対す。
「——いざ参る」
この外道は、まだ終わらせる訳にいかぬのだ……。
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