『嘘』
——それは少し前のこと。
この旅が初まって以来、いったい何度目になるか分からない気絶から覚めた私は見覚えの無い病室に寝かされていた。
まず最初に思ったのは『またコレか』ということ、なんたって私は数日前にようやく完治したばかりなのだ、それがこの有様ではため息も出よう。
そして次に考えるべきは『此処が何処なのか』ということ、手錠や足枷の類がされていないという事は少なくとも敵対勢力などでは無いはず。
だとすればやはり反英騎士団の拠点の中か、ストランドが私に起きた異常事態を察知しあの場へ救出に来てくれたのか?
そんな可能性としては十分有り得る期待をしながらも、心のどこかでは『そんな都合の良いことは起こらない』と直感しているようだった。
……実際。
ガララララッ!
扉の向こうから現れた者の顔を見た瞬間、私は自分が何処に来てしまったのかを理解し、安易に楽観的な考えを抱いた己を呪った。
「——なんと!もう意識が戻ったのですか!?」
重傷を負って運び込まれた患者を心配する、いやに人が良さそうな顔をした英雄の姿を見ながら……。
※※※※ ※※※※ ※※※※ ※※※※ ※※※
「……なるほど、ではご自身のことは何も覚えていないと?」
目が覚めてすぐ事情聴取を求められた私は、あたかもこれまでの記憶全てを失ってしまったかのように振舞ったのだ。
実際頭部には酷い外傷があるし、口に出すこともはばかられるような恐ろしい拷問を受けたことは、現場に残された証拠から見ても明らかだ。
私はかつて戦場にいた際、頭部に強い衝撃が加えられた者や恐ろしい目にあった者が、自分や他人に関する記憶を欠落させてしまうのを見た事がある。
故にそれを真似させてもらった。
何を聞かれても『分からない』と答え、けれど『何かを思い出せそう』として考え込む。
しかしやはり『頭の中に霧がかかったようだ』と言って首を横に振る。
そんなやり取りを数回に渡り繰り返しながら、何故私がここに運び込まれることになったのかの詳しい経緯を聞いた。
どうやら彼女達は、『何者かによって女性が攫われた』という匿名の通報を受けて動いたようだった。
ゾルトウェイトと彼の組織には以前から目を付けていたらしく、犯行の手口や現場の状況、そして目撃証言を元に犯人を断定。
前々から調べを付けていたアジトに乗り込み一網打尽、『攫われた女性』である私を見付けて救助し今に至るという話だった。
「……なにか思い出されましたか?」
説明を終え、顔を覗き込むようにしてそう尋ねる、しかし私の返す答えは初めから決まっている。
「お力になれず申し訳ありません……」
申し訳なさそうに顔を伏せる。
「いえ、目が覚めたばかりでいきなり話を聞きに来た私が悪いのです、何せ現場唯一の生きた証人だったものですから、つい浮き足立ってしまっていました
申し訳ないのはこちらの方です、少々気遣いが足らなかったと痛感しております、今はともかく命を拾ったことに感謝しながら療養に務めるべきでしょう。
お話はそれからでも構わないのです、無理に思い出そうとしてもお辛いだけ、何か思い出すことがあれば改めてその時に言っていただければそれで」
彼女の言葉に対し頭を下げる。
「ありがとうございます……」
やがて。
「お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした、お話はまた改めて別の機会にお伺いさせて頂きます」
そう言って彼女は椅子から立ち上がり、着用している黒服の裾を整えて歩き出した。
この場は乗り切った、そう思ったその時。
「……そういえば」
エルニスト=ガザールは不意にこちらに振り返り、少し待っていてくださいと『何かを思い出した』かのように病室を離れ、しばらくして戻ってきた。
細長い何かを片手に。
「こちら、貴女が倒れていたアジトの武器庫に収納されていた物なのですが、見覚えは御座いませんか?」
「……刀、ですか?」
彼女が手にしていたのは酷く無骨な見た目の刀だ、装飾の類は何ひとつ成されておらず、それが何の為に使われる物なのかをひと目で理解出来るようだ。
シャキ……鞘から刀身が抜かれる、刃の表面にはまるで川の流れのような美しい波紋が浮かんでおり、よく磨かれた鏡面のように光反射しているそれは。
——ちょうど半ば程から、真っ二つに折れて欠けてしまっていた。
私はそれを見て。
困ったように眉をひそめながら。
「そんなものが武器庫に……?」
と答えた。
それまで私の目をじっと見つめていたエルニストは、こちらから目を離し手元の刀剣を見下ろす。
「ええ、不思議ですよね、だってこんなにも無惨に壊れてしまっているのですから
彼らにはこの様なガラクタを収集するような変わった趣味でもあったのでしょうか?依然として事態は謎に包まれたままですね。
すみません突然に、ひょっとしたら何か思い出して頂けるのではないかと考えたのですが、いたずらにお休みの時間を削ってしまっただけでした」
ぺこり、深々と下げられた頭。
「いえ、本当に何ひとつお役に立てず心苦しいです」
それに対しこちらも頭を下げる。
「それでは今度こそ、失礼します」
彼女はそのままスタスタと歩いていき、扉を開けて病室から立ち去っていった。
そうしてただ一人、白い部屋の中に残された私は。
「嘘だ」
たったひと言だけそう呟くのだった
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