英雄斬りの反英雄(完結済)

ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン


山の木々の生い茂る森の中を抜けると、見渡す限りの花畑に出た。 


あまりに美しく息を飲むような光景と、険しい登り道によって蓄積した疲労感が重なって、先を急ぐ身でありながら『休憩』という選択を取ってしまいたくなった。


「歩きっぱなしは堪えるのう」


水や食糧など必要最低限の物が入った風呂敷を背中から下ろし、腰に括った刀を外してその場に座り込んだ。


風が吹き、背中まで伸ばしたまっしろい髪の毛がふわりふわりと煽られる、それに伴って幾つもの花弁が舞上がる。


——この身は女剣士なれば。


花びらは螺旋を描きながら空へ吸い込まれていき失速、ひらひらと右へ左へ踊りながら落っこちて、頭に被った笠にくっついた。


花弁をひょいっと摘んで顔の前へ持ってくる、それはまるで竜の財宝のような妖しくも高潔な黄金色をしていた、見ているだけで吸い込まれそうになる。


「粋なことよ」


パッと手を離して花びらを解放すると、吹く風に載せられてあっという間に見えなくなった。


身にまとった衣がパタパタとはためいている。


体のサイズよりもやや大きめの作りをしているそれは、武装していることを分かりにくくする為の工夫であり、雨風を凌ぐための装いであった。


思えばもうずっと長いこと愛用している、あちこち破れたり傷になったりと、使い込まれた年数を思わせるような程よい劣化が見られる。


そろそろ買い替え時かもしれない、このに一区切り着いたら新調してみるというのも良いが、なんにせよ事をやらなくては。


いつまでも休んではいられない


風呂敷の中から握り飯と水を取りだし、素早く補給行為を終えて荷物を拾い上げ、刀を腰に差して再び歩みを再開した、英気を養うのは大切だからのう。


鼻先を香る花の蜜の匂いを感じつつ、広大な花の園を歩いていく、そうしてしばらく時が流れた頃


「さぁて見えてきたな」


遠くの方にうっすらと街が見えてきた、何処から何処までも発展した水の都、この国で最も栄えた天上楽土の華の都市である。


交易や興行なども盛んで治安もよく、年間の犯罪件数は他の都市と比べても類を見ないほど低く、また国民それぞれの平均所得も優れている。


出生率も上々、王様も有能な人物で民からは慕われており、間違いなく明るい未来を約束された国だ。


「……表向きはのう」


刀の柄に置かれた左手は、血管が浮きでるほどの力を込められており、私の内心が決して穏やかでは無いことを証明している、腸が煮えくり返る思いとはまさにこの事を指すのだろう。


私は覚悟を決めて、街へと降りていくのであった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「仕入れたばかりの新鮮な魚だ、寄って寄って買っていって!当店でなければありつけぬ最上の品だよ!」


ガヤガヤ、ガヤガヤと


「奥さん!今朝の発表見ましたか?なんでも王子様がご出産なされたとか!なんとめでたき事でしょう!」


「まぁそれは素晴らしい事ですね、ご近所のみんなも誘って世代にお祭り騒ぎと行かなくてはなりません」


街の中は至って平和で、喧騒は健康的な証と言わんばかりに轟いては鳴り響き、止むことを知らぬ雨のように、あるいは消灯を忘れた太陽の様に賑やかだ


「今日も英雄様の像が雄々しい、丹精込めて磨いてやらなくちゃあならないな!なんせ俺達を守ってくれる大切なお方達だ、いくら感謝しても足りないよう」


「英雄様弁当箱はいかがー!これを子供に持たせるだけでなんと、あの英雄様が加護を授けてくださる!」


「お母さん!あれが欲しいよう」


「仕方ないわねぇ……」


豊か健やかに育つ子供がぎゃんぎゃんと大声を上げながらじゃれあっている様や、大人たちが商店街にたむろして、あれやこれやとうだつの上がらない話を続けている光景が広がっている。


ここは大海原に建設された街であり、数多くの人間が住んでいる。 まさしく人の生き様を反映したかのような場所で、自然を切り開き反逆して作られたここは恐ろしく栄えて賑わっている。


立ち並ぶお店、娯楽施設に見世物舞台、なんだかよく分からない物を売っているところもあれば、生活に必須な食料、薬品の類を取り扱う店舗も存在する


街ゆく人々の様相は十人十色であり、老若男女が尽く健康で健やかで凛々しくみずみずしく育っているのが、パッと見ただけでも分かるほどであった。


その光景を見て、私は決して誰にも聞こえないように、ほんの小さな小さな呟きを零すのであった。


「どのような汚濁よりもおぞましい」


そんな私を放って、街の誰かが明るい声を上げた、サンサンと光り輝く青空にも負けぬ素晴らしき声を


「私どもは幸せ者です、今日もこうして何事もなく生きていられるのですから、それもこれも全てあの、我らを救いたもう英雄様方のおかげですね」


「全くだ!」


「人々の心の拠り所ですなあ、こんないい世の中にして下さって感謝してもしたりません、あぁいったい我等はどのような恩返しをあの方々にしたら良いものか」


「ただ祈りましょう、祈れば届きます必ずや、王都の何処かで静かに暮らしている英雄様の元に、必ず!」


そんな希望に満ち溢れた会話を交わす彼らから、何やら耳を覆いたくなるような粘着質な音が響き渡る


——ぐちょ


足の裏で、靴の、足の裏で、体重を掛けて踏みつけられたそれは糸を引き、地面に粘り気のある痕を残しながら押し伸ばされ、その場にこびりついていた。


街の


あらゆる喧騒が止まった


まるで突然眠りに落ちたかのように静かで、不気味なほど何の物音も立たず、世界は凍りついていた。


こんな美しき水の都にはあるまじきおぞましい何か、明らかなる異常事態であり非日常、街の人々は当然ながらパニックを引き起こし、恐怖に叫び——


「……おや、何か踏みましたかな?」


男が言った、まるで足元の異常事態になど気付いていないかのように、全く何も起こらなかったし経験しなかったとでも言いたげな口振りで。


——街に再び活気が戻った。


隣を歩いていた男は、彼の足元に起こったことを正しく認識していたであろうにも関わらず、大袈裟な身振り手振りを加えてこう言った。


「……ああ、これはいけない、どうやら誰かがそこにを零してしまったようですよ、これはとてもいけない、汚れた靴などを履いていては街の景観を損ねてしまうかもしれない、買い替えなくては」


それは明らかに水などではなく


「旦那旦那!そういうことならこっちにお勧めの商品があるぜ!最新鋭の防水加工を施された一級品の靴だ!


こいつは富裕層にしか売らないと決めているんだがアンタは運がいい!今ならおおまけにまけてやる、どうだ!?こんな話は滅多に聞けやしないぜ!」


孤独に死に、日の下に晒されて腐り果てた人間の成れの果て、もはや生き物かどうかすらも分からぬほどに腐敗がすすんだ、とても直視は出来ぬモノ。


「なんだって!そいつはいい話だ!」


「そうよ、買った方がお得よ!あたしここの店の常連なんだけど滅多にまけてくれないから買うべだわ!」


死体


道端に転がる死体、それもひとつやふたつではない沢山だ、数え切れぬほど多くの死体が、同じような状態であちらこちらに転がっている。


「……腐っておる」


それは死体に対してでは無い、この街に住む、いやこの世界に住む全ての人間に対し向けられた言葉、英雄様が作り上げた平和なんて言うのは真っ赤な嘘


この世界は戦争を行っていた、苛烈に凄惨を極めたそれは長い間続き、世の中はすっかり荒れ果てた地獄と化していた


そこで各国はある取り決めを行ったのだ。


『英雄』を立てることで偽りの平和を作り出そうと

彼らが世界を救ったことにして、人々を欺こうと!


そんな事上手くいくはず無いと普通は思う、しかし度重なる狂乱の時代、恐怖に支配されていた人々の心はいとも容易く『甘い嘘』を信じ込んだのだ。


今も尚、血なまぐさい戦乱の世は続いている、そこで死んでいるのは戦争から逃げてきた敗残兵達だ、街の人間は彼らが見えていない。 


いや、見た上で見なかった事にしている


何故なら彼らにとってそれはであり、英雄が終結させたはずの戦争が今も続いているということを思い出させる悪しき要素であるからだ


「……たすけ、て」


だから


「おなか……すいた……だれ、か」


ああやって


「……おとうさん、どこ……だれか、たべるものをください……おね、がい……しん、じゃ……ぁ……」


やせ細り、飢えに冒され力の入らぬ四肢を無理やり奮い立たせ、自らの足にすがりつく小さな命さえも


——手を伸ばしかける。


「今朝の取引は上手い事いってよかったな」


「奴らにいっぱい食わせた時の先輩の顔、ああ!

私はしばらく忘れられそうにありませんよ!!」


見ないふりをして、見えないと思い込んで、自ら進んで幻想を受け入れて、ドロドロとした汚濁の中にある自分たちの境遇を、世界を、全てを偽って嘘の平和を演出してみせているのだ。


例え道端に何が転がっていようとも、うっかり何を踏みつけて何を殺してしまったのだとしても、彼らは決してそれら現実を正しく認識する事は無い。


「仕事疲れだ、つまづいてしまった」


もう、あの子は喋らない。


「あはは、会社に戻るまでに何処かで仮眠でもしていきます?どうせ帰っても暇ですしサボりましょうよ」


「ばーか、そんなの許されるわけ無いだろ」


「それもそうですね!」


けたけた、わいわいと、尊厳も心遣いも弔いもない、見るも無惨な屍の上を平気な顔で踏み越えて、彼らはそうして自分たちの『日常』を守っている。


「よく、この目に焼き付けておけ……」


震える声を抑えつけて、刀を握る左手に力を込めて、湧き上がる憎悪や怒りを無理やり押し殺し、平静を欠き乱れた呼吸を何とか正常に引き戻して、ただ私が斬るべき目標にのみ考えを馳せて前に進む。


ただ、前へのみ。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


そこは小さな農家であった、水上に作られた人工的な畑は高価で数が少なく、この発展に発展を重ねた素晴らしき水の都にもいても一箇所しか存在しない


街の奥の奥の奥、最も民家が集まった富裕層の住む区画を更に先へ直進したところにある人里離れた一軒家、ぽつんと建ったそれは非常に慎ましく


ともすれば空き家のようにも見えてしまいかねないほど、この街の景観とはまるでそぐわぬ姿であった


さくり、さくり、さくり


足の裏が人工土を踏んで跡をつける


さくり、さくり、さくり、遂にそこへ辿り着いた。


「……おや?」


そこに居たのは平凡な姿格好をした青年であった、恐ろしく整った顔つきに恵まれた体躯、片手には斧を持ち、傍らには真っ二つに叩き割られた薪が転がっている、額には汗で肩からタオルを下げている。


彼は私の接近に気が付いて手を止めた、訪問客など久方ぶりであったのだろう、不思議そうに首を傾げながらこちらに顔を向けてくる。


「女人、如何用か?」


私は言った


「お主が英雄ジオ=トゥヌルスか?」


「あぁ、それは確かに俺の名前だな」


私は彼の元へと近づいて行った、まるでお散歩にでも出たかのような軽い足取りで、警戒はされていなかった。


獲物は外套に隠れている。


優れた武芸者はやがて無の領域に至るのだという、相手にこちらの腹の内、手の内を一切悟らせる事無く行動を起こす透明な世界、気配は無く意思も感じられない、まるで道端に生えた雑草の様な静けさで


微塵の


「……?」


殺気も見せることなく。


「あんたいったい……」


——チャキ


笠の隙間から見える眼光


「——ッ!?」


迸る戦慄ッ!


歩きながら刀の鍔に手をかけて鯉口を切り、腰を捻って鞘から刀身を抜き放ち、二尺三寸の太刀を振り抜いた。


——キンッ


男は斧を盾に斬撃を防ごうとしたが、我が剣術にとってその程度の障害物など無いに等しい、私はその向こう側にいる英雄諸共守りを切り裂いていた。


「……は」


腰の付け根から肩まで、斜めにビーッと入った赤い線、そこからじわじわ赤黒い染みが広がっていき、彼はそれを信じられないという顔を見下ろしている


「下手に動くと体が半分になるぞ」


刀に付着した血を紙で拭い取り、鞘の中へと収めながら。


未だ自らの敗北を認められず、腰に吊るした剣に手を伸ばそうとしているトゥヌルスに声をかけてやる。


ボトリ、無理に動かそうとした自分の右腕が地面に落ちるのを見て、彼は私の忠告通り動く事を止め、諦めたようにこちらを向いてこう言った。


「……なぜ、俺を」


私は、ゆっくりと口を開いた。


「英雄は人々に幻想を抱かせる、残酷な現状から目を背けて平和を装うのは希望でも救いでもなかろう。


だから私は世界各国のあらゆる英雄を斬ることに決めたのだ、馬鹿げた夢など終わらせるに限るからの」


「ば、かな……それでは、世界には絶望が、まんえんし……再び混沌の時代が訪れる。


我々は人々を守っている、んだ……お前なんかの一存で、この世界を再び闇夜のドン底に突き落とそうと、言うのか……!」


狂人を見る目だ、


「道端で子供が飢えている、大人たちはそれを見て見ぬふりをし、あまつさえ居ない者として扱い、押しのけては踏み付けて日常生活を送っておる


それのどこが混沌で無いと言うのだ?現状の何が平和だと主張するのかね、未だ続いている戦乱の世から目を背けたところで待っているのは悲惨な末路だ


夢は醒めなければのう、そうでなければならないのだ、生き物は微睡んだままでは居られないのだから」


「貴様のような、女に……おん、な?」


彼はハッとした顔を向けてきた。


「……その刀、そしてこの強さ、思い、出した、お前は確か、そうだ、お前のことを知っているぞ、お前は俺達と同じ、英雄の——」


とんっと、私は奴の体を蹴っ飛ばした。 すると、コレまで普通に話していたのが嘘であるかのように男は途端に静かになり、次の瞬間その体がズルッと斜めにズレて分断されてしまった。


「馬鹿なことを申すでない、私はもう英雄では無い、そんな夢幻に欺かれた少女はとうの昔に刀の錆にしているわ。今の私は反英雄、アマカセムツギじゃよ」


そうだ。


多くの人を救えるからという甘い文句に惑わされ、この地獄のような現状を作り上げてしまった。


我が敬愛する師から受け継いだ刀と技術で手助けしてしまった、あの愚かで醜く無知な剣士はもう何処にも居ない。


「世界各地に点在する九人の英雄、そのうち二人は既に切り捨てた。残るは後七人、我が剣によって始まった過ちは我が剣によって終わらせなくてはならん」


街の人々の所業は自分の行いのせい、生まれている犠牲は私のこの刀が招いたのだ。


それ故に私に彼らを助ける資格はなく、また英雄と崇められる権利も存在しない、そんなもの即刻討ち滅ぼす必要がある。


「太陽の末裔、ひまわりの剣のジオ=トゥヌルスよ、その命、確かに貰い受けたぞ」


踵を返して立ち去った跡には、まっぷたつになって転がるかつては英雄だったモノが残されているばかりであった……。

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