現代の冒険者は時計の都市で兄の死の謎に挑む〜言っておきますが、私は探偵ではありません〜

落花生

冒険者の双子の兄の物語

灰色の空から、白い雪が降っていたらしい


 兄は自分アパートの前に、少年が立っているのを見つけた。白い息を吐きながら手をズボンのポケットに突っ込み、冬の寒さに負けずに何かを待っている。茶色い帽子にはうっすらと雪が積もっていて、少年がいかに長いこと屋外にいるのかを物語っていた。


 少年の姿は、兄にとっては見慣れたものだった。隣の部屋で、母親と共に住んでいる少年だ。娼婦の母親は愛そうが良くて、いつも挨拶をしてくれる。だからといって、無駄な干渉はしてこない。


 親子の前の隣人が老婆であったときは、ことあるごとに自作のクッキーを配られて辟易していたようだ。生き別れた息子と再会し、彼の元で老婆が暮らすことになったときには安堵したことだろう。


 老婆は味音痴だったらしく、クッキーはいつも塩が多量にいれられていた。少々の塩が甘さを引き立てるというのが老婆の口癖だったらしので、過失ではなく善意の塩だったのである。あの老婆が息子の家で料理をしないことを願うばかりである。


 そのような理由があったから、干渉しない隣人は兄には嬉しいものだったであろう。母親が仕事をしているときはうるさいが、それさえ除けば面倒がない理想的な隣人だったはずだ。


「部屋に入ったらどうだ。今日は随分と冷えるぞ」


 兄が、少年に話しかけた理由は特になかった。しいていえば、隣人として話しかけても不自然ではないと思ったのだ。


「今は、母さんが仕事中。そういう時は、部屋には入るなって言われているんだよ」


 少年は、素っ気ない態度を取る。反抗期にはまだ早い歳に見えたが、少年の目には孤立を孤独と感じない思春期の生意気さがあった。


「……なら、俺の部屋で待っているか?」


 それは、面倒見がいい兄にとっては当たり前の言葉だった。親子とは今まで通りに互いに干渉しない隣人でいたかったが、つい手を差し伸べてしまったのであろう。そして、冬の寒さを強がって耐える少年が、憐れに見えたに違いない。


「いいよ。もうすぐ、母さんの仕事も終わるだろうから」


 少年の言葉が終わるや否やアパートから男が出てくる。見たことがない男だったので、おそらくは少年の母親の客だろう。冬の夜を歩くのに相応しいコートを着込んだ男は、少年を一瞬だけ見て街灯の少ない道を歩いていった。


 その数分後、少年の母親がアパートから飛び出してきた。茶色の髪の母親は、華やかな容姿をしているとは言い難い。どちらかと言えば地味な容姿だが、彼女のような娼婦は珍しくはなかった。

 

 教養のない下流の女がつける仕事などたかが知れていて、娼婦が一番簡単に稼げる仕事なのである。そのせいもあって、都市には娼婦が溢れている。


「ごめんね。寒い思いをさせて、ごめんね」


 母親は、少年を抱きしめる。


 その拍子に、少年がかぶっていた帽子が地面に落ちた。現れたのは、夜の闇すらも照らすかのような鮮やかな金髪である。その髪の美しさに、兄は一瞬ではあるが見惚れてしまったことだろう。

 

 今までの少年は、いつだって帽子をかぶって髪を隠していた。だから、その美しさを兄が見たのは初めてのことだ。


「あっ、お隣さん。もしかして、この子と一緒にいてくれたんですか?ありがとうございます」


 母親は微笑みながら、少年の手を引いてアパートに戻っていく。


 それが、きっと全ての始まり。


 兄が、金の髪の少年と話すようになったきっかけの一夜だった。


 

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