天国のカウンセラー Ⅱ

「次の方、どうぞ」


 その言葉を投げかけてから程なくして、診察室の引き戸が開かれる。

 一瞬だけ見えた扉の向こうには、ずらりと人が並んでいた。


 亡者の審判を待つ列よりも長いんじゃないんだろうか。いや、言い過ぎた。あそこまで長くはない。

 これだけの人数が揃っているにも拘わらず、待合室は驚くほど静かだ。



 天国に住む死者の精神を病む者の多さといったらない。


 天国に召されるような善良な人間だから、きっと心根が優しく、生前で我慢ばかりしてきたのだろう。

 事実、私が診てきた患者はそういう人間ばかりだった。



 これまでいろんな死者を見てきた。


 妻と娘を未成年に遊び半分で殺され、加害者は少年法に守られ無罪放免。殺人計画を実行するも叶わず留置所内で自殺をした男性。


 冤罪で自白を強要させられ、有罪判決となり投獄。刑期を終えて出所するも雇用先が見つからず、貧困で本当の犯罪に手を染めてしまい、獄中で自殺をした中年男性。


 複数人に強姦された挙句、生かされたままでの解体や拷問をされ、それの地続きのまま錯乱した状態でやってきた若い女性。


 同学年の子供たちからの暴行によって命を落とした少年。下界では少年1人が起こした不慮の事故として扱われており、いじめは一切無かったものとしてもみ消されていた。



 さて、次の患者は―――カルテに目を通す。


 この世界のカルテは診療前に作られる。

 名前や生前の経歴、死因、死因の詳細などが主に記される。なので診療録というよりは死亡診断書だ。だがそう呼ぶのはあまりに不謹慎だということで、医者らしくそう呼称することになっている。

 何より、患者側にこちらが詳細な情報を握っていると知られるのはまずかった。信頼関係が構築するにあたって差し支える。知っていると教えるのは、死因や事件のあらまし程度。



 次の患者は若い女性。

 死因の欄には〝自殺〟とあった。


 自殺をして天国にやってくる者は少なくない。

 自殺をタブーとしている宗教は多くあるが、地獄送りにされる例は半数かそれ以下程度だ。少なくともこの天国では、自殺は罪ではないのだ。

 特にこの心療内科は無宗教者の多い日本支部なので、数は他国に比べて段違いだ。


 自殺者は、開口一番にこう話す。


「なんで、まだ生きてるんですか、私………」


 何度も聞かれた。

 自殺者の常套句だった。


 ここは天国だからですよ。と返す。

 その返答に対する返答も、聞きなれたものだった。


「死なせてください………」


 自殺者でなくとも、天国であることを喜ぶ人間はあまりいなかった。


 誰もが最初は困惑する。もう一度蘇らせてくれと無茶を言う人も少なくない。

 だが自殺者の多くは、再び死を選ぼうとする。


 どうしようもなくなった人への救済措置もある。だが、まずは引き留めねばならない。


 何故なら、私は天使だから。


 天使とは、天国での公務員を指す。

 そして、この施設での天使の仕事は、カウンセリング。


「本心を打ち明けてくれて、ありがとうございます」


 彼女の手を握って、落ち着かせるように語りかける。


 それからは他愛のない話をした。

 この天国のこと。診療所のこと。

 幸いなことに、死後の世界は話題には事欠かない。


 無理に彼女に自分のことを話させる必要などない。こういった自殺者は強制的に心療内科行きになるが、本当は別に診療を受けなくたって良いのだ。

 だが、ここに来ている以上は。

 魂だけでも生きていく気力を取り戻す手伝いをしなければならない。


 しばしの閑談の後、彼女は死を選ぶまでの経緯をぽつぽつと語り始めた。

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