第1話⑤

***


「水着、やっぱり恥ずかしいです……マネージャー」

「大丈夫。今のあなたは自分じゃないんだから。クリスなのよ」


 そりゃそうだけど。偽でしょ。ああ。夏休みも前なのに、水着。何だかソワソワしちゃう。ムダ毛の処理は頑張ったけれど、本当に大丈夫かなぁ? 


 スタジオ内の撮影なことだけが救いかも、プールとか野外だったら死ねる。無理。でも、カメラマンさんとかは男性が多いみたいだし。


「一瞬小太郎もくるから」

「もっと嫌ですよ!? マネージャーさん」

「あら、小太郎といい感じじゃないの?」

「違うます!」


 なんて勘違いを!?


「小太郎があんなにも女の子褒めるの珍しいのに……」

「え?」

「まあ。いいわ。撮影行くわよ。あっちよ」

「はあい」


 淡いピンクに水玉の水着。フリルもついてる。少し子供っぽさもあってかなりキュートだけど、いつもの私なら絶対選ばない、


 私が選ぶなら、地味な黒か紺色で、競泳水着に近いやつ。だって、どうせ何も似合わないし。


「ほら『クリス』! 行くわよ」

「はあーい、マネージャーさん」


 私はマネージャーさんの声に慌てて走り出した。


***



「はい。撮影終わりー。良かったよ。クリスちゃん」

「ありがとうございます!」


 スタッフがはけて行き、私はため息をつく。すると、目の前には。


「あら、小太郎」


 皐月君が差し入れの袋を持って立っていた。


「どうも、似合ってるね。その水着」

「な、なななな」

「すごく可愛いよ」

「やっ」


 思わず私は逃げ出そうとして……。


「危ない!」

「キャッ! 皐月君、近い」

「良かった。転ばずに済んで」

「ご、ごめんなさい。恥ずかしくて」


 今も正直恥ずかしい。水着で皐月君に転びそうになって抱きしめられてるんだもん。早く離れたい。そう思ってると、少し耳を赤くして皐月君は私を離してくれた。ふう。ドキドキした。胸の音がやばくんりすぎて心臓が爆発するかと思った。


「ほら『クリス』、小太郎、帰るわよ」


 なぜかニヤニヤするマネージャーさんを、さつき君は睨む。


「あ。俺は差し入れだけで。じゃあね。『クリス』」

「え、行っちゃうの? 皐月君」

「ごめんね『クリス』」


 そう呼ばれて冷静になる、私、まだクリスの格好のまんまだった。しかも可愛い水着……衣装だから、早く着替えないと。いけないいけない。


 ヒラヒラと手を振り去って行く皐月君に頭を下げて私は楽屋に消える。

 そしてマネージャーさん(なんと! 皐月君だけじゃなく彼女もメイクができるのだ!)によりメイクを落とし、スッキリする。


「はあ、疲れた」

「純夏ちゃん、いつもありがとう」

「いえいえ。差し入れは何かな。わ、すごい、めちゃくちゃ有名なお菓子の詰め合わせ!」


 よだれが出そう。

「小太郎なりに頑張ったわね。あの子お金に余裕ないから、頻繁に差し入れはできないけど、許してね。あの子なりに純夏ちゃんには感謝してるのよ」


 視線を逸らし気味にマネージャーさんは言った。


「? なぜ許すんです? 無関係の皐月君に差し入れもらえるだけで卯rしいですよ。感謝もよくわかんないし……私が好きで推しを支えてるだけですし」


 まあ、クリスにお礼を言われるならわかるけれど。謎。


「無関係、ね」


 何か含みを持った言い方をするマネージャーさん。

 一体どう言う意味だろう。私は首をかしげる。


 そんな時だった。


「入るね」


 聞き慣れた声がして、控え室の扉が開いた。


「クリス! 着てくれたの?」


 ナチュラルなベージュのシャツワンピを着たクリスは、いつもより大人っぽい雰囲気でそれもまた綺麗だった。


「今日も私のために頑張ってくれてありがとう。純夏ちゃん。貴方はこの世界で一番の私のファンよ」


 クリスは私を撫でてくれた。え、あ。ひゃ、頭がフリーズする。


「え、そんな……!」


 嬉しい。最高に嬉しい。泣きそうだ。


 聖女の微笑みでクリスは私をさらにそっと、思ったより大きな手でなでなでしてくれる。近づくとほんのりとどこかで嗅いだ香り。気のせいかな。

皐月君と同じ香りがする。


 ……やっぱりふたりって。なんて考えちゃう私。


 そうだよね。クリスとあんなに連絡取れるぐらい、皐月君ってば親しいんだもん。ずるい、と思う。あれ? これはどちらに対しての嫉妬?


「一緒にチェキ撮ろう? 純夏ちゃん」

「え、あ。本当にありがとう」

「はい! 純夏ちゃんあたしに近づいてー。マネージャー!」


 ああ。何だかとろけてしまいそう。やばい。なんでこんなにドキドキするの。クリスは女の子だよ。いや、でも憧れの推しだし。


「撮れたわよ」


 マネージャーさんが私にチェキをくれる。ああ。私真っ赤にうつってる。可愛くない。クリスは神がかりに可愛い。はあ。つら。


「クリス可愛い。私と違って」


 ああ。せっかく楽しい思い出なのに、何言ってるんだろう。私。


「そんなことない。純夏ちゃんも可愛いよ」


 ファンだから、言ってくれてるんでしょとか。そんなこと考えて私は首を横に振る。いや。クリスの言葉は素直に喜ぼう。もっと前向きに明るくなりたい、のに。


「クリスみたいに可愛くなりたい……」

「君ならなれると思うから、僕が選んだのに」

「え? クリス?」

「何かな?」


 きょとんとした顔のクリスは私を見て笑う。

 今、皐月君の声がした気がする。気のせい?


 そう考えてるとクリスが時計を見て立ち上がった。


「あたし、もう行くね。またね、純夏ちゃん。マネージャー」

「え、あ。うん」


 バタバタと部屋から消えていくクリス。


「純夏ちゃん。お疲れ。これ。飲んでいきなさい」

「ありがとうございます」


 マネージャーさんは私に飲み物を入れてくれた。美味しそうなオレンジジュース。

 しばらくして。私はトイレに行きたくなる。


「すみません。トイレに行ってきます」


 つい飛び出して行って、場所を聞き忘れたことに気づく。まあ、いいか。そこまで切羽詰まってはないし、ゆっくり探そう。


「ここかな?」


 それっぽい目立たない場所にるドアを見つけ、私はドアノブをひねる。


「!? 誰!? マネージャー!?」

「きゃああああ!? 皐月君!? え? クリス!? どっち!? なんでクリスの格好を皐月君がしてるの!?」


 そう。そこには。クリスの私服を着て、クリスと同じ髪色のウィッグを手にした皐月君が立っていた。手にはメイクを落としを持っていて、これじゃあまるで……。


「クリスの正体って皐月君だったの!?」


 嘘。嘘。嘘。嘘嘘嘘嘘。嘘でしょ!? 目が回る。気絶しそう。


「しっ、声がデカいよ! 後藤さん!」

「やばっ。でも、だって、その」

「落ち着いて。ドア閉めて」

「あ。うん皐月君……」


 私は言われるがままにドアを閉める。嘘。クリスが、皐月君!? 

 いやそもそも、クリスが男の子!? 嘘でしょ!?


「ねぇ、後藤さん。僕のこの秘密をバラしたら、いくら後藤さんでも殺すから」


 今までにない、低い声だった。


「え?」

「僕は、守らなきゃいけないものがあるから、クリスデイ続けなければいけない

から。絶対に、君を逃すわけにはいかないんだ」


 どん! 私は皐月君に壁に追い詰められてしまう。


 うわ、近い。まつ毛長い。肌白い。やっぱりふたりは同じ匂い。はあ。いい匂い。じゃなくて!!


「クリスの事、大好きだよね? ね? 後藤さん?」


 目が本気だ。怖い。私はひきつり笑いしかできない。


「それは、とても大大大好きだけど」

「僕と君は『クリス』の秘密の運命共同体。絶対に、死ぬまでこの秘密を守り通す」


 ニッコリと皐月君は王子様スマイルを見せた。きゃーー。キラキラ。やばい少女漫画の中にいる気分! あー夢心地。でも!! むしろ夢であって欲しかった。

目の前で胸元を曝け出してる皐月君を見てしまい、私は目を逸らす。Kひゃああああ。ダメェ。凄く恥ずかしいよぉ。


「さつ、き……君っ」



 どうにかして、この体制から逃れなければ、無理。近い。私超涙目。


 バタバタともがく私。それを皐月君はスマートに抱き寄せる。ヒィ。


「これからよろしくね? ……純夏」



 突然私の耳元で呼び捨てにした皐月君の声は、とろけてしまうほどいい声をしていた。


1話終わり







 







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そして、推しになる。 花野 有里 (はなの あいり) @hananoribo

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