そして、推しになる。

花野 有里 (はなの あいり)

第1話①

 あの日。


私は、『推し』になった。


 

***


「おはよー後藤さん、何してるの?」


 ガラガラと音がして、朝日のさす教室に誰かが入ってきた。名前を呼ばれた後藤こと私、後藤純夏(すみか)は窓際に花瓶を持ち上げるのをやめ、にっこり微笑んで彼女を見た。


「こんにちは、おはよう。別になんでもないよ」

「後藤さんその花瓶は? また水を変えてくれてたの?」

「気にしないで。私、お花好きだから。つい」


 私は笑顔を作り挨拶をくれたクラスメイトを見る。私と違って背も低いし可愛らしい女の子だ。いいな。私にはに似合わなそうな明るい茶髪やラブリーなメイ

クもバッチリだ。


「本当、まるで後藤さんって委員長だよね。あ、おはようー」


 私の事なんかすぐに忘れてクラスメイトは友人に挨拶する。


 朝早く登校して私は忘れられた花壇に水をやる。(一応先生に許可はもらったのでそこは大丈夫)


 もちろん教室の花瓶の水も変える。だって誰もやらないから。こういうのは気づいた人がやるべきだと思う。ゴミ捨てもそう。


「今日もクリス可愛かったね! ダンスも歌も超最高だった」


 私はクラスメイトのその話題を我慢して無視する。本当は割り込んでマシンガンに愛を話したい。


「本当、ドレス似合ってた! お姫様みたいだった!」


 うんうん、あのレモンイエローのフワフワのやつはかなり可愛かった! 踊りにくそうなのに、クリスはいつも肌の露出をしない。

でも。たまに見える生足は綺麗だし、何か意味があるのかな? って噂が出回っている。


 それに対していろんなウワサが飛び交ってるけれど、私は気にしていない。クリスはクリスだ。


「あー本当アイドルっていいなー。目の保養」


 クラスメイトはうっとりした口調で言った。


「それならうちには皐月君がいるじゃない。二年二組のアイドルじゃん」

「病弱王子? クラスどころか中学全体のアイドルだけど、すぐ早退するし休むからあんま保養にできないよ」

「しょうがないじゃん。病弱なんだから」


 病弱王子ね。あのおとなしくてよく青い顔をした美少年ね。


 気づいたら早退して、遅刻して。よくわかんないけれど線も細いし色も白いし、多分本当に病弱なんだろう。授業態度は真面目っぽいし。

キラキラした薄い茶色の髪と同じ色の瞳がどこか西洋人形っぽい。いいなあ。横顔なんかもう女の子みたい。なんて窓際にいつの間にか座っていた彼をみてため息。


「ねぇ。後藤さん、このロッカーの上の荷物とって」


 後ろからクラスメイトに声をかけられる。


「あ、うん。はい」

「助かる! 後藤さんって背が高くていいよねー声もなんかカッコ可愛いし声量ありそうだし」

「あ、は。ありがとう……」


 それってやっぱり私は男の子っぽいって事?

 全然嬉しくないけれど褒められたらお礼を言って笑わないと。


 ただでさえ目立つんだから。少しでもみんなに印象よくみられてないと、いじめれられたりろくな目にあわない。


「早く帰ってクリスでも見よう……」


 小さくため息をつく私。


「え? なんか言った? 後藤さん」


 不思議そうな顔で私を見るクラスメイト。

 いけないいけない。


「ううん、なんでもないよ」


 ヤバイ。本音が声に出た。どうせ私は可愛いものが似合う見た目じゃない。男装したほうが似合うかもしれない。


 だけれど、クリスは違う。スラリと女の子にしては身長が高いのに、余裕で可愛い服や歌が似合うのだ。羨ましい。だから私は彼女を推してしまうのだろうけど。


「変わりたいよ。私も」


 でも、私なんかじゃ無理だよ。こんな私じゃせいぜい真面目に勉強して、ご褒美にお小遣い稼いで、クリスのグッズをちまちま買い集めるぐらいしかできないよ。どうせ、私とクリスは別世界の人間だから。


 できるなら、私だってクリスみたいにーー。


「何と? 何と変わるの? 後藤さん」


 またクラスメイトが首を傾げている。


「あわわ。ごめん、何でもない!」


 また本音がつい!! あー恥ずかしい。すぐポロポロ口に出るの治さなきゃ。私は教室を飛び出してトイレに駆け込んだ。トイレの鏡の中の私は、ビックリするぐらい真っ赤だった。


***


「さようなら後藤さんー掃除お願いねー」

「うん、またね皆」

「ねぇカラオケいこー」

「それよりカフェでしょ」

「…………」


 私は作り笑顔で幸せそうに騒ぐクラスメイトを見送る。あー。早く帰ってクリスタイムのハズだったんだけど。ううう。泣きたいよ。


「誰もいない、よね」


 私はキョロキョロと辺りを見回して、箒を口元に寄せた。


「……迷うからこそ見つければ輝くあなただけの星♪」


 私はクリスの曲を歌い出す。するとまるで別人になれたかのように元気になってくる。前向きで明るいクリスの歌は、いつも私の心の支えだ。


「だってアナタはアナタだけなの♪ アナタにキラキラして見えるそんなあの子から見たアナタも凄くキラキラ♪」


 ダンスしてる時に時々アンニュイな表情になるところもたまらないんだよ!! 普段はのびやかで可愛い声なのに、たまにイケメンボイスも出すし。


「誰だって輝ける場所を見つけれるから♪」

「ねぇ。それ、クリスの歌?」


 唐突に目の前に男の子が現れた。その人とはーー。


「そうだよっ、って!? え!? 病弱王子!?」


 学ランを優雅に着こなす皐月小太郎君――朝ウワサになっていたあの『

病弱王子』その人がそこにいた。


「本当に僕ってそんなあだ名で呼ばれてるんだ……」


 苦笑いを浮かべる皐月君。あわわわ、本人に向かって病弱王子はない。ない。


「あ、ごめんなさい」


 思わずあたふたする私。ああもう。本当失礼だよね。


「いいけど、それより、今のもっかいやってよ後藤さん」

「今の?」

「そう。後藤さん踊ってたじゃん。クリスのやつだよ。さっきの」

「え、人前でなんか無理」


 恥ずかしすぎるし。絶望的に無理!!


「クリス本人に会わせてあげるから」

「え、どういう事」

「実はクリスは僕の遠い親戚だから」


 皐月君は真顔で言った。これは冗談を言う顔ではない。そもそも皐月君って冗談言わなさそう。偏見だけど。


「ああ。確かに似て……ってええええええ!?」

「叫ばないで。誰かに聞かれたらどうするの?」


 ううう。本当にすみませんでした……!!


「ごめっ」


 でも。これが叫ばずにいられようか。無理でしょ。私は動揺してその場にしゃがみ込む。腰が抜けたのだ。

 え、え、クリスに会えるの? もちろんライブにはお客としてよく行くけど、そうじゃない、生クリスとご対面? 嘘??


「もう私、死んでもいい」

「後藤さん死なないで」


 また本音漏れてた!? あーもう嫌。もう無理。恥ずか死ぬ。

 私はセーラー服を触って落ち着こうとする。ううう、どうしよう。心臓が壊れてしまいそう。


 だってクリスだよ?? あのクリスだよ!?


「事実だから。僕に今日このまま着いてきて欲しい」

「え、どこに行くの。掃除は?」

「そんなのどうでもいい。本来後藤さん当番じゃないでしょ。行くよ。クリスの事務所」

「でも、」


 私が頼まれた掃除だし。まあだいぶ綺麗にはしたけれど。

 オロオロする私を、皐月君が笑顔で見つめる、


 そして。


「キャッ」

「行くよ!」

「わ」


 私は皐月君に強引に手を引っ張られと全力疾走する羽目になった。

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