36_ティア
「うっ……ここは?」
路地裏で捉えられ、半刻ほど荷車で運ばれたベティは、無事に目的地に到着したようだ。
カチャカチャと鍵を開ける音や扉の軋む音、階段を降りる音に耳を澄ませながら静かにしていると、不意に視界が明るくなった。頭からすっぽりと被されていた大袋が取られたらしい。
厚いカーテンが引かれた部屋は薄暗いが、ずっと袋を被せられていたため、すぐに目が慣れて辺りの様子が確認できた。
部屋はベティの自室ほどの広さがあり、シンプルながらも生活に必要なものは揃えられている。恐らくそれなりに大きな屋敷なのだろう。
異様なのはベッドの代わりに何枚も敷き詰められたマットである。その枚数が、この部屋に捉えられている人数を表しているようだ。
「ここで迎えが来るまで大人しくしているんだな」
逆光で顔が見えないが、ベティを運んできた大男はそう言うと重厚な扉を閉めてガチャリと鍵をかけてしまった。
ドスドスと遠ざかっていく足音を聞きながら、改めて部屋を見渡す。
身を寄せ合うように何人もの子供が部屋の隅に集まっていた。
五…六人だろうか。全員が女の子だ。みんな身なりは整っており、痩せた様子もないため、食事は十分に与えられているようだとホッと息を吐く。年代もおおよそベティと同年代だろうか。
ベティは静かに彼らの元へと歩み寄り、目線を合わせるように腰を落とした。
「こんにちは。私はベティ。ここはどこ?」
「…こんにちは、私はティア」
(ティア!こんなにすぐに見つかるなんて。アイビス様の推測通りだったわ)
一番小さな少女を守るように抱きしめながら、ベティに挨拶を返してくれたのは、チャーノの妹のティアであった。
「ごめんなさい、ここがどこかは分からないの」
「そう…ここにいる子たちは?みんな、その、攫われて…?」
ベティが言い淀みながらも問いかけると、ティアは緩やかに首を振った。
「ううん。ここにいる子たちはみんな、色んな孤児院から養子として引き取られた子たち。引き取られたあと、ここに集められて一緒に生活をしているの」
「そんな……どうして」
「私たちは売られるんだって。そのために、ここで飼われているの」
「飼われて…って」
まさか錠でも嵌められているのかと慌てて子供たちの様子を確認する。その様子に、ティアが小さな笑みを漏らした。
「ふふ、安心して。私たちは商品だから、大事に扱われているんだよ。外国の貴族のお家に売られるから、言語を含めて毎日教育もされているし、ご飯だって十分すぎるぐらい……この部屋から出ることはできないけど」
自嘲気味な声音に、ベティは咄嗟にティアの身体を抱きしめてしまった。
ベティがアイビスに抱きしめられた時、硬くなった心が解れていくような心地よさを感じたから。
なぜだか目の前の同年代の少女が壊れてしまいそうな、そんな儚さを感じてしまったから。
ティアは驚いたように息を詰めて身体を強張らせたけれど、トントンと背中をさすっていると、次第に肩を震わせ始めた。
「孤児院から引き取られてすぐ、ここに閉じ込められて……おっきな男の人たちにジロジロ見られて、勉強させられて…孤児院でみんなと、お姉ちゃんと一緒に暮らしていた時の方がずっと楽しかった。戻りたいよ…お姉ちゃんに、会いたいっ」
ヒックヒックと嗚咽を漏らしながら泣くティアに釣られるように、周りの子供達も「帰りたい」「怖いよお」と泣き始めてしまった。彼女たちの不安な気持ちがひしひしと伝わってくる。
ベティは自分と変わらない年代の子供たちがこのような目に遭っていることにやり場のない怒りを感じた。
数ヶ月前、アイビスに助け出されることなく誘拐されていたら、自分も彼女たちと同じ生活を送っていたのだろうか。家族や友人とも二度と会えなくなっていたかもしれない。この子達と同じように――
(――いいえ、絶対にみんなを助けるの。あの日、アイビス様が私を助けてくれたみたいに)
ベティはぐっと拳を握り締め、みんなを安心させるように優しく声をかけた。
「大丈夫。きっと、すぐに助けが来るから。それまでみんなのことは私が守るわ」
「え…?」
ニコリとベティが微笑んだと同時に、硬く閉ざされた扉がバァン!と開かれて、目を眇めるほど眩い光が室内に差し込んだ。
光の奥から現れた人物を目にし、ベティは満面の笑みを浮かべた。
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