23_中庭での攻防
「この野郎……!当たらねえぞ!」
「くそっ!どうなってやがる!」
男五人の攻撃をギリギリのところで回避しながら、内心アイビスは焦っていた。
アイビスを囲む黒ずくめの男たちはきっと殺しのプロだ。素人とは太刀筋が違う。
(このままだと本当にマズイわ……!)
ナイフでの攻撃は決して受けるわけにはいかない。
それだけは絶対に回避すべきだと冷や汗を掻きながら躱し続ける。ヒュンヒュンとナイフの攻撃の軌跡が視界を掠め、先程から防戦一方である。
アイビスはヒールの靴を使って上手くナイフをいなしながら、一瞬の隙をついて力一杯一人の顎に尖った爪先部分を叩き込んだ。
「はあっ!」
「ぐぅっ」
顎に鋭い一撃を喰らった男の黒目が、ぐりんと上向いて巨体がグシャリと倒れる。
(よし、まずは一人……)
ようやく一人倒すことができたが、まだ相手は四人いる。
「聞いていた通り無茶苦茶な女だな……」
「ああ、厄介な女だ。やはりここで殺しておかねば」
男たちにも焦りが滲む。
早くしないとエリザベスが兵を連れて戻ってくるはずだ。
それまでに素早くアイビスを片付けたいのに、一向に攻撃が通らずに苛立っている。
(苛立ちは隙を生むわ。私はその隙を一瞬たりとも見逃さない!)
アイビスは今、タイトなドレスを身に纏っているため、大振りな足技が使えない。素手と靴だけでどこまで太刀打ちできるか分からないが、懸命に攻撃に耐えつつ好奇を窺う。
「とっととくたばりやがれぇぇ!!」
「っ!」
ビキビキと額に青筋を浮かべた男が一人、痺れを切らして攻撃を仕掛けて来た。大抵こうした振りかぶった攻撃の後には隙が生じる。
アイビスは一瞬で地面に手をつき限界まで身を屈めると、的を失いバランスを崩した男に素早く足払いをする。
「く、そぉ!」
「ああっ!?」
しかし、男はしぶとく転倒間際にナイフを振るい、チッ!とナイフの先端がアイビスのドレスに触れた。
スリットが入ったようにドレスの裾が裂け、動きやすくはなった。なったのだが――
「………………よくも、やってくれたわね」
「ひっ」
ドレスが裂けた途端、アイビスの中で何かがブチっと音を立てて切れた。
ゴッと激しい殺気がアイビスから溢れ出し、男たちの全身から一気に汗が吹き出し動けなくなる。
「許さない、許さないんだから……」
「ひ、ひぃぃぃ!?」
開き切った瞳孔に捉えられた男たちのナイフを持つ手が震えている。狙いが定まらず、恐怖からカチカチと歯まで鳴っている。
肉食獣に睨まれた草食獣のように、今にも喉元を食い千切られるのではないかと錯覚して血の気が引いていく。
ゆらりとアイビスの身体が揺れたその時――
「アイビスー!!!」
ビュッ!とアイビスの真横を勢いよく何か細長いものが
「ギャアッ!?」
黒ずくめの男の股の間に刺さったそれは、銀色に輝く立派な槍だった。
「これは、まさか……兄様?それに…ヴェルまで!」
我に返り、槍を投げた人物に思い当たったアイビスが振り返ると、会場を背にアイザックとヴェルナーが血相を変えて駆けて来ていた。二人の顔を見て、アイビスの胸にはジワリと安堵の温もりが広がっていく。
アイザックは真っ青な顔でへたり込む男の股の間から槍を引き抜くと、目にも止まらぬ槍捌きで全員のナイフを弾き飛ばした。呆気に取られる男たちに、間髪入れずにヴェルナーが拳を叩き込んでいった。
無駄のない連携、動きにアイビスはぽかんと口を開けて立ち尽くした。兄の腕は相変わらずであるが、ヴェルナーが思っていた以上に腕を上げていることに目を見張った。
二人によって、あっという間に黒ずくめの男たちは泡を吹いて地に臥した。
「アイビス…ッ!無事か?怪我は?」
間も無く憲兵も到着し、アイザックの的確な指示によって現場が慌ただしくなる中、ヴェルナーがアイビスの肩を掴んで全身隈なく確認をした。
一見したところ大きな怪我はないと判断して、ヴェルナーはホッと胸を撫で下ろした。だが、大きく裂けたドレスに、裸足で駆けたため細かな擦り傷だらけの足を見て悲痛な表情を浮かべると、素早くジャケットを脱いでアイビスに羽織らせた。
「………………ヴェル」
その時、不意にアイビスが発した弱々しい声に、ヴェルナーはドキリと心臓を高鳴らせ、目を見開いた。
足元に落としていた視線を上げて表情を確認すると、いつも気丈なアイビスの表情がくしゃりと歪み、への字に曲げた唇は微かに震えていた。
「ごめんなさい、せっかく、あなたが贈ってくれたドレスが……私、このドレスを汚さないようにって一生懸命戦ったんだけど……」
「…………は?ま、まさかアイビス、君が防戦一方だったのは、ドレスのため?」
「ええ……あなたが選んでくれたドレスだもの。絶対切られちゃダメだって、そう思って」
まさかの事実にヴェルナーは言葉を失った。
自分が贈ったドレスを守るように戦ってくれたアイビスがいじらしく、愛おしさで胸が締め付けられる。
一方で、アイビスが本気で戦えばこんな男たちは一網打尽だったのに、と悔しい気持ちも芽生える。
ヴェルナーは小さく震えるアイビスを抱き締めた。
「アイビスが無事ならそれでいい。よく頑張ったな」
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