14_ 嫌な予感は当たるもの
人混みが切れたことを確認して飛び降りたアイビスは、しっかり膝を使って着地の衝撃を地面に逃した。
ヴェルナーが慌てた様子でアイビスの名前を呼んでいるが、アイビスは心の中で侘びつつ人混みを縫って先ほど少女が入り込んだ路地裏に向かった。俄かに周囲が騒ついているが、今は構っていられない。
アイビスは嫌な予感が的中しないことを祈りながら、足音を立てないよう気を付けて細い道を進む。ヒールのない靴を履いてきて良かった。
この街に幾つも張り巡らされたこうした道は、実は開けた裏通りに繋がっている。昔は軍の小隊の待機場所として用いられており、日当たりも悪く、今では人通りも少ない。治安を守るために定期的に警備隊が巡回しているが、どうしても人の目が届かない時間は生じてしまう。
早足で歩けば、すぐに細道を抜け、アイビスは息を殺して裏通りの様子を確認した。
「っ!」
奇しくも嫌な予感は当たるものだ。
視線の先には、先程テラスから見えた少女がいた。
だが、少女は口に布を当てられて、ぐったりと脱力をしている。恐らく何かしらの薬物を吸わされたのだろう。
そんな少女を後ろから支えるように立つ男が一人。
辺りをキョロキョロ見回す男が一人。
麻袋と思しき袋を急いで広げている男が一人。
気配を探る限り、他に隠れている者はいない。
(大の男三人、ね)
幸い、犯行に夢中でアイビスに気付く様子はない。
三人がかりで少女を麻布に詰め込もうとしている。
(今だわ!)
三人が作業に気を取られている隙に、アイビスは弾丸のように細道から飛び出した。
「なっ、なんだお前は……っ!ぐああっ!」
飛び出した勢いのまま、少女から引き剥がすために回し蹴りをして男たちを一蹴する。ぶわりとワンピースが舞い、虚を突かれた男たちは、どしんと尻餅をついて慌てて後ずさった。一人は顔面にモロにアイビスの蹴りを喰らって壁際まで吹き飛んでいった。
アイビスは素早く麻布ごと少女を抱えると、来た道の側まで運んで横たえた。
「おいおい、俺たちの獲物だぜ」
「随分お転婆な嬢ちゃんだな。ふん、いいだろう。お前も一緒に売り飛ばしてやる!」
「できるものならやってみなさい」
男たちは額に青筋を浮かべながら、怒りのままにアイビスに殴りかかってきた。
(直情的な攻撃ほど見切りやすいものはないわ)
ブンブン振り回される拳を危なげもなく躱しながら、アイビスはグッと身を屈めて素早く足払いをした。
「ぐわっ」
ぐらりと男の巨体が傾いた隙に、鳩尾に一発拳を打ち込む。男は鈍い唸り声を上げながら地に伏した。
いつの間にかアイビスの背後に回り込んでいたもう一人の男が、後ろからアイビスに掴み掛かった。ガッチリと捕まってしまうが、アイビスはサッと男の腕の隙間に自身の手を滑り込ませ、腰を落として男の重心が傾いたと同時に勢いよく腕を開いて拘束から抜け出した。
振り返った勢いのまま掌底で顎を撃ち抜く。
パァン!と小気味のいい音がなり、男の眼球がぐるんと回って白目を剥くと、泡を吹いてその場に倒れた。
「まったく、図体がでかいばかりで鍛錬が足りないのよ」
一丁上がりとパンパン手を払い、アイビスは少女の元へ駆けた。麻布から出してやり、脈を確認する。脈に乱れはなく、規則的な呼吸から眠らされていたのだと理解する。
艶やかなブロンドヘアに、上質なワンピースを身に付けていることから、恐らくどこかの貴族令嬢だろう。歳は十ニといったところか。
(
少女を支えながら、裏通りに転がる男たちを睨みつける。どの顔にも見覚えはない。
「アイビス!!!」
その時、細道を抜けてヴェルナーが飛び出して来た。
肩で息をしており、その顔には焦りの色が滲んでいる。
ヴェルナーは裏通りに転がる男たち、そしてアイビスが支える少女を見て、すぐに状況を理解したらしい。素早く麻布を割くと、手際良く男たちの手足を縛り上げていく。
そしてアイビスの元に歩み寄ると腰を落として、ペタペタと無事を確かめるように頬に触れた。
「はぁ……頼むから一人で無茶はしないでくれ」
「……ごめんなさい」
深く息を吐きながら脱力したヴェルナーに強く抱きしめられたアイビスは、緊急事態だったとはいえ、何も言わずに飛び出したことを後悔した。
ヴェルナーの肩は僅かに震えていた。
ギュッと一際強くアイビスを抱きしめたヴェルナーは、そっと身体を離すと重い口を開いた。
「アイビス、こいつらは
「いいえ、残念ながら違うわ。だけど、きっと同じ一味よ。やり口が同じだもの」
アイビスが後先考えずに少女を案じて飛び出したのは、
――十年前、アイビスはこの街で、誘拐未遂に遭っていた。
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