12_デートの誘い

「そう、ルーズベルト殿下が…なんだか懐かしいわね」


 その日の夜、ヴェルナーの部屋で一緒に夕食を済ませた後、二人はソファに並んで腰掛けながら食後の紅茶を楽しんでいた。


 お互いの今日の出来事を語り合い、アイビスは学園時代の友人の名前に表情を和らげた。


「アイビスに会いたがっていた」

「ふふ、光栄ね。機会があれば私も久しぶりにお会いしたいわ」


 学園時代、メレナ以外に同性の友人に恵まれなかったアイビスであるが、ヴェルナーと親しかったルーズベルトとは良き友人関係を築いていた。

 もちろん第二王子であることは周知の事実であったが、学園内では『ただのルーズベルト』として接されるのとを望んでいたため、友人たちは気兼ねなくルーズベルトと交流を深めた。


「近く王城で夜会が開かれる。第二王子の側近として出席しないわけにはいかなくてな……アイビス、一緒に来てもらえるか?」

「ええ、もちろんよ」


 少し申し訳なさそうに頼まれては断るわけにもいくまい。元々断るつもりも理由もないのだが。

 夜会が苦手なアイビスを気遣うヴェルナーの気持ちが伝わってきて、ほんわりと胸が温かくなる。


 アイビスが快諾したことで、ヴェルナーも安心したようにホッと息を吐いた。そして、何か思い立ったように口を開いた。


「そうだ、アイビスの髪飾りを買いに行こう」

「え?」

「夜会につける髪飾りだ。アイビスが俺のものだって分かるように、俺の色をつけて欲しい。ドレスも早急に仕立てよう。デザイナーを屋敷に呼んで幾つか作らせるか」


 戸惑うアイビスをよそに、ヴェルナーは腕組みしながらあれやこれやと手配の算段をつけている。


「ええっと、街に買い物に行くってことよね?」

「ああ、次の休みにでもどうだ?他にも必要なものがあれら買うといい――というのは口実で、アイビスとデートがしたいだけなんだが」

「えっ!」


 そっと手を握られて優しい笑みを向けられれば、アイビスの身体が熱を持つのも仕方がない。

 想いを秘めることをやめたヴェルナーは、いつも真っ直ぐ愛を囁いてくれる。異性に褒められ慣れていないアイビスは、その度に照れくさくて恥ずかしくてどうにかなってしまいそうになる。


「つ、次の休みね。分かったわ」

「よしっ!楽しみだ」


 アイビスが頬を染めつつ頷けば、パァッと弾けた笑みを浮かべるヴェルナー。その笑顔には、どこか幼い日の面影があり、改めて二十年来の幼馴染とこうして夫婦の時間を過ごしていることが不思議でたまらなくなる。


 そんなことを考えていたら、握られた手をクンッと引かれた。僅かに体勢を崩したアイビスは、すっぽりとヴェルナーの腕の中に収まってしまう。

 え?え?え?と目を回している間にも、ヴェルナーは楽しそうにアイビスの髪を掬ったり、頭を撫でたりしている。


「ちょ、ちょっと!ヴェル……な、なに?」

「うん?何って、アイビスを堪能してる」

「たっ!?」


 想定外の回答に、アイビスは目を剥いた。

 そうこうしてる間にも、ヴェルナーの手がアイビスの頬に添えられた。途端に昨日のヴェルナーの言葉が脳内にフラッシュバックする。



『――おやすみのキスだけは譲れない』



 まだ記憶に新しい初めてのキス。


(も、もしかして、おやすみのキスって……毎日するのかしら?)



「もちろん。おやすみの気持ちを込めているから、毎日するぞ?」

「ヴェルあなた、私の心が読めるの!?」

「ははっ!何年一緒に過ごしてきたと思っているんだ。分かりやすく顔に書いてある」

「ええっ!?」


 ふと生じた疑問にアッサリ答えを与えてくれたヴェルナーであるが、つまり、この後待っている展開は――


「アイビス、愛している。目を閉じて」

「~~っ!」


 とろんと蕩けた眼差しで囁かれた名前が耳にこびりつく。ヴェルナーが醸し出す甘い雰囲気に、クラクラしながら、アイビスはギュウッと固く目を閉じた。


 ヴェルナーが小さく笑い、吐息が唇にかかったと同時に、唇に柔らかな感触が広がった。


 チュッと軽く触れるだけのキスを落とし、ゆっくり唇を離したヴェルナーは、親指でそっとアイビスの下唇をなぞった。痺れるような感覚に、ふるりと肩を震わせ、強く引き結んでいた唇の力が緩んだ途端、再び唇を覆い尽くすようなキスが降ってきた。


「っ!!?」


 喰むように重ねられた唇が、確かな熱をアイビスに宿す。昨日よりも長く唇が重なっていたが、その間アイビスは呼吸の仕方を忘れたように息が止まってしまった。


 熱が離れてから一呼吸おいて、ぶはっと息を吐き出したアイビスに、ヴェルナーは可笑そうに手の甲で口元を隠しながら笑った。


「肩に力入りすぎ。キスしてる間は鼻で息をすればいいから」

「そ、そんな簡単に言わないでよ」


 すっかり茹だった顔を押さえながら、アイビスが抗議するが、ひとしきり笑ったヴェルナーが僅かに加虐的な色を瞳に宿した。それを見逃すアイビスではない。また何か良からぬことを考えているな、と警戒する。


「仕方ない、ちゃんと呼吸ができるように練習するしかないな」

「練習……って、ちょっ、待って……んんぅっ」


 ニヤリと口元に笑みを携えたヴェルナーに、ガッチリ腰を抱き寄せられたアイビスは、くたりと身体の力が抜けるまで何度もヴェルナーのキスに翻弄されたのだった。

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