11_第二王子とヴェルナー
「なんだよ、まだパーティに招待しなかったことを根に持っているのか?」
場所は王城、第二王子の執務室。
トントンと執務机の上で書類を整えながら、ヴェルナーは苦笑した。
視線の先には拗ねたように頬杖をつく、一人の男性――この部屋の主人であり、ヴェルナーの上司でもある第二王子、ルーズベルト・ブロモンドその人である。
少し癖毛がちな鮮やかなブロンドヘアに、長いまつ毛がかかる宝石のような碧眼は、王子に相応しい華やかな印象を与える。
「当たり前だろう。美しい花嫁姿のアイビス嬢に会いたかったさ」
「近く夜会があるだろ。そこで改めて紹介するから」
ヴェルナーとルーズベルトは学園時代からの友人でもあるため、二人きりのときは砕けた口調で話すことが許されている。というより、「俺と君は友人なのだから、よそよそしい話し方はやめてくれ」というルーズベルトからの申し出をヴェルナーが受けた形となる。
ヴェルナーの学友だということは、アイビスの学友でもある。実際、ルーズベルトは学園時代にアイビスとも良き友人関係を築いていた。
そして聡い彼は、ヴェルナーの秘めた想いにも早々に気が付き、よく二人の時にせっつかれていたことが懐かしい。その分結婚を報告した時は我が事のように喜んでくれた。
成績優秀で人望も厚いヴェルナーを専属の文官として指名したのもルーズベルト本人である。それほどに彼はヴェルナーを気に入っているし、信頼している。
今日だって、本格的に仕事を頼む前に引き継ぎや業務概要を伝えるために足を運んで貰ったが、ヴェルナーは相変わらず理解力も処理速度も群を抜いており、ルーズベルトは舌を巻いた。
「ああ、それにしても…帰国間もなく結婚したとあれば、ヴェルナーの帰りを待ち侘びていたたくさんのご令嬢方が涙を飲むことになりそうだな」
「ん?どういうことだ」
不意に告げられた言葉に、ヴェルナーは一体何のことかと首を捻る。その様子に呆れ顔を見せるルーズベルトは、大仰に両手を開きながらため息をついた。
艶やかな銀髪に、流れるような琥珀色の瞳、成績優秀で腕も立つ。家も由緒正しい伯爵家ともあれば、普通のご令嬢が熱を上げるのは当然なのだが。
「まったく……君は昔からアイビス嬢しか眼中になかったから。もっと自分がモテるという自覚を持て。その様子だと夜会が心配だ」
「アイビス以外にモテても意味がないし興味もない」
「はぁ……君にそれほど愛されるアイビス嬢が羨ましいよ」
そうは言いつつ、自分だって溺愛する婚約者がいるではないかとヴェルナーは内心で苦笑した。二つ年下の婚約者は侯爵家の一人娘で、王城の茶会でルーズベルトが一目惚れをして口説き落としたお相手である。
「さて、冗談はさておき……ヴェルナーには俺の右腕として政務の手伝いをしてもらう。概要は今日一日で説明したが、突発的な事案や時候の職務もある。それについては都度説明するよ」
「ええ、お願いします」
友人モードから一転、キリッと表情を引き締めて王子モードになった雇用主に、ヴェルナーも仕事モードに切り替える。
「近々兄上が立太子するだろう。未だに俺を次期国王に据えようと愚考する派閥もあるようだが、俺は昔から国王になるつもりはないし、兄上を支えるために勉学に励んできた。ヴェルナーには俺の手助けをして欲しい」
ルーズベルトの兄、つまりこの国の第一王子のジェームズ・ブロムンドである。
昔から活発で行動派なルーズベルトに対し、兄のジェームズは常に笑顔を携える温厚な人柄で有名だ。
歳はルーズベルトやヴェルナーの三つ上で、今も国王について政務を学んでいるという。
目立った特徴のない平凡な王子だと言われているが、油断ならない人物であるとヴェルナーは踏んでいた。笑顔の裏で何を考えているのか分からない、腹の内を読ませない相手である。
幼い頃から兄を支えるべく努力してきたルーズベルトであるが、どこの国にも派閥というものはあるらしく、よく愚痴を聞かされたものだ。今のところ過激な思惑による事件は起こってはいないが、第一王子が立太子するとなると何か騒ぎが起こるかもしれない。
ある程度の毒にも慣らされ、武術にも造詣があるルーズベルトであるが、何が起こるか分からないのが王族の世界である。
ヴェルナーは文官であるが、ルーズベルトに危険が及んだ時に守れるように改めて鍛錬を積もうと身が引き締まる思いだ。
「この国の未来のため、精一杯尽力いたします」
ヴェルナーは胸に手を当てて、誓うように頭を下げた。
ルーズベルトはフッと笑みを漏らすと立ち上がり、ポンポンとヴェルナーの肩を叩いた。
「ありがとう、頼りにしているよ。さて、新婚さんを長く留めているのも気が引ける。今日はもう帰っていいぞ。明日からよろしく頼む」
「ああ、助かるよ」
ヴェルナーも笑みを浮かべると、執務机の上を片付けて、ルーズベルトに挨拶を済ませると執務室を出た。
一歩部屋を出ると、もうヴェルナーの頭は仕事モードからアイビス溺愛モードへと切り替わっていた。
(アイビスは今日は何をして過ごしていたのだろう。夕食時に話を聞くのが楽しみだ)
アイビスの明るい笑顔を思い浮かべ、無意識に頬が緩む。愛しの妻が待つ家へ向かう足は、自然と早足となった。
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