第5話普通じゃない幼馴染
やった、二人目の友達ができた!
私はガッツポーズしたいのを必死に抑えながら、すまし顔を作った。
綺麗な顔をした可愛い女の子、星さん。渡辺君の幼馴染は、なんだか明るくて優しい人だった。
──でも不思議と、くりくりとしたまん丸の瞳の中には、何かそれだけじゃないものがある気がした。
「じゃあ、友達になってから最初のお願い。──私と、少し二人で話さない?」
星さんがほほ笑む。魅力的に。可憐に。──でも目の奥の瞳孔は、私を瞬きもせずに見つめているようだった。
「なんだ清香。俺に聞かれたら困る話でもするのか?」
「そうじゃないけど、乙女の秘密っていうの? 正人に聞かせるような話でもないような話!」
ぱちり、と星さんはウインクした。完璧に女の子らしい仕草に、私は少し憧れを覚える。
「……なんだ、俺の頼みを忘れたわけじゃないよな?」
真剣な表情で意味深な言葉を使った渡辺君は、真っ直ぐに星さんの目を見ていた。
それに合わせるように、星さんの声が少し低くなる。
「忘れてないよ。だからこそ、だよ」
星さんが、また笑う。けれどそれは、先ほどまでとは違い、女の子らしくない、蛇みたいな笑みだった。
ちら、と渡辺君がこちらを見る。その目は、私を心配しているようにも、憐れんでいるようにも見えた。
……ちょっと待ってください。私は今から何かされるのでしょうか?
「……お前が言うなら信用するぞ」
「幼馴染のことくらいすぐに信頼してほしいなあ。第一、私が間違ったことある?」
「分かったって」
星さんの言葉に渋々といった様子で頷いた渡辺君が、くるりと背を向ける。
「じゃあ伊勢崎さん、頑張って」
何をですか⁉
あっさりと美術室を後にした渡辺君。無情にもドアが閉められ、私は得体の知れない笑みを浮かべる星さんと二人きりになってしまった。
「……」
「……」
沈黙が訪れた。私は恐る恐る星さんを観察するが、彼女もまた私を観察しているようだった。
それは例えるなら、剣の達人同士で間合いを図り合っているような、そんな緊張感に満ちた瞬間だった。
私は、あの世界で強敵と相対している時のような不穏な予感に身を震わせた。
「伊勢崎さんは、さ」
星さんが口を開く。その低い口調には、先ほどまでの明朗な印象は全く受けなかった。無機質で、乾燥していて、ひび割れていて、まるで機械音声を無理やり人間の声に近づけたような不気味な声だった。
「私と同じ、だよね」
「……何がかな?」
内心ビビりまくっていたが、私の口は自然と王子様みたいに言葉を紡ぐ。正直、今すぐにでも背中を向けて立ち去りたい気分だった。
「何か、人とは違う。いや、越えている。超越している。普通の人のものの見方が分からなかったり、どうしてそんなに愚かなのか、分からない。そういう人の態度だよね」
「……」
心当たりが無いとは言えなかった。私の異世界での経験。一年間の戦いの記憶は、私の価値観を大きく歪めてしまった。
現実世界に戻って来た時に、私はそのことを実感した。
例えばそれは、夜眠るとき。物音一つで飛び起きて臨戦態勢になる必要なんてない。
例えばそれは、他人と会話する時。自分が騙されていないか、警戒しながら話す必要なんてない。
そんな小さなことが積み重なって。それから、個人的に大きなショックを受けた出来事があって、気づけば私は当たり前というものが分からなくなってしまった。
だから、せめて越えようと思った。ピンと背を伸ばし、凛と前を向いて、大仰な話し方をする。馬鹿にされないために。認められるために。
星さんが話を続ける。その瞳には、相変わらず明るい光なんて少しもなかった。
「私もそう。昔から、私は人の心が分かった。その人の顔を見れば、何を考えていて、どんな人なのかまで分かった。普通の人の察する、なんていうのとは比べ物にならないほどに。両親の感情が分かった。だから聞き分けのいい子のふりにして、彼らを怒らせないようにできた。同級生の感情が分かった。だから人当たりのいい子のふりをして、彼らと上手くやってこれた」
星さんの低い話し声には、不思議とこちらを威圧するような迫力があった。まるでお前のことなど全部見通している、というような雰囲気があった。
「でも、あなたのことは分からなかった。見ても、話しても、あなたの奥に何があるのか分からなかった。──だから、分かったの。あなたが何か突き抜けてしまっていること。そして、私のように人間を鬱陶しく思っているだろうこと」
淡々と、事実のみを語っているみたいに彼女は話した。でも。
「……いいや、最後だけは否定させてもらおうか。ボクは、普通の感性を持っている人たちを鬱陶しくなんて思ってない。──ましてや、君みたいに見下ろすなんて全くしてないよ」
口調を強めて言うと、星さんは口だけ曲げて笑った。
「そう? 真面目だね」
「一つだけ、聞こう」
星さんの醸し出す独特な緊迫感は、もはや気にならなかった。それよりも、聞きたいことが、聞くべきことがある。
「渡辺君にも、そんな風に思っているのかな?」
「──そんなこと、ない!」
今まで話していた中で、一番大きな声だった。
叫んでから、星さんは自分が叫んでいたことに遅れて気づいたようなリアクションを取る。すると彼女は、感情を露わにしていた顔を、元の無機質な表情に戻した。
私は、この時初めて星さんの本当の感情を見た気がした。けれど、彼女は渡辺君のことを話し出すとその冷静さを維持できないようだった。口調には、隠してきれない熱が残っていた。
「この際だから、教えてあげる。私にとって、この世に特別で価値あるものなんて全然ない。おおよそすべての人間は、普通で、つまらなくて、無価値なもの。──でも、正人だけは違った! 彼だけは、私を特別だと知りながら普通の人間みたいに扱ってくれた! 孤独の闇に吞まれそうなだった時、なんでもないように笑いかけてくれた! だから、彼は私の特別なの! 無価値なこの世界で、私が生きる意味。だから、軽々に他人にそれを語ってほしくない!」
激情に呑まれているように見えた彼女は、しかし言葉を紡ぎ終えるとまた機械みたいな顔に戻った。
その様子を観察していた私は、素朴な疑問をぶつけることにした。
「そんなに好きなら、さっさと告白して付き合ってしまえばどうだい?」
途端、彼女は大きく雰囲気を変えた。今度は、硬く、冷たい印象から、人間らしい様子へと。
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、彼女はまくし立てた。
「こ、告白なんてそんな恥ずかしくて……というか正人はどうせ『僕は普通だから』とか言い出して断るに決まって……いや違う! だいたい、愛とか恋とか好きとかそういう下劣で単純な生殖本能に基づいた原始的な欲求とは全然違うから! 私のは、こう、もっと切羽詰まってて、根源的で……」
慌てる彼女を見て、私は大きく安心した。
──ああ、人間じゃないみたいに振舞う彼女にも、人間らしいところがあるじゃないか。
「星さん」
「何⁉ 愛と私の特別の違いについての話はまだ終わって……」
「ボクと、友達になってくれないかな」
「……それはさっき聞いて、了承したけど?」
「改めて、だ。個性的な君と、友達になりたくなった」
明るくて優しい優等生な彼女と、冷たく無機質で、ニヒリストな彼女。そんな二面性を持つ彼女に、私はすっかり親近感を持ってしまったのだ。
だからこれは、仕切り直しだ。渡辺君の幼馴染だから、ではなく、私自身が、友達になりたいのだ。
先ほどと同じように差し出した右手を、彼女はじっと見つめていた。さっきみたいに無視する気はないらしい。
「……変な人だね。私と同じくらい」
「君に言われたくないな」
差し出された彼女の手は、私の手と同じくらい温かかった。
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