第2話 第一章 鳥兎光陰
昼をまわった頃、ドアにつけた鈴が鳴り、小柄な女性が一人で入店して来る。
カウンターの席に着くと、タバコに火をつけ、メニューも見ずに
「ビール、あとなんかつまみ頼みますわ。」
何故、喫茶店でそんな注文をするのか、度し難い女性だった。
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さほど人の乗っていない、鈍行の電車は、左右に揺れながら目的地を目指していた。
電車の揺れに合わせて揺れる髪は、あの不愉快な学園にいた頃よりは短髪にして、ポニーテールにしている。やはり短い方が、洗髪も乾燥も楽で、良い。
アナウンスが入り、電車の速度が落ちる。終点が近いのだろう。
電車が、駅に着き、私は周りの客があらかた降りてから、降車する。
駅前は、ガヤガヤと人の往来が多かった。なんでも数日後に『篝繋ぎ』とか言う、大きなイベントがこの街であるらしい。そのせいなのだろうか。それでも人混み、と言うほどではないため、歩くのには支障はない。
駅前の噴水に立つ、「至空教」の虚無僧。歩く者は、目もくれない。どっちの意味でも目もくれない。
横断歩道を渡り、アーケードに入る。
このご時世には珍しく、シャッターはあまり目につかない。かと言って、賑わっている様にも思えはしないが。また、休日ならば、違うのかもしれない。
やはり、所々に「至空教」の虚無僧がおり、時折前で祈る者や、土下座して祈る者も居た。そうまでして救われたい事があるのだろうか。その労力、別の事に向けた方がいいと思う。
上を見ながら、ウロウロと歩き、指定された喫茶店「白溺」を見つけ出す。
カランカラン、と、ドアの上のベルが音を立て、私の入店を店に知らせる。
お客は一人。カウンターに座り、コーヒーと煙草を嗜んでいる。常連の空気を感じる老婆だ。
それから、杖をついた、ガタイの良い短髪白色褐色肌で高齢の店主が一人。二人でボソボソと会話を嗜んでいるが…この客入りだと10年後には間違いなく潰れているだろう。
あまり見ていると老婆に睨まれそうなので、さっさと適当な席につき、遊び気の無いメニューに目を通して、アイスティーを注文する。
注文が来るまで、窓の外を眺めてみる。
薄暗い商店街を、往来する人々。若者、老人、子供、壮年、男、女、主婦、スーツ、制服、修道服…修道服!?
この街で活動するとかすごいな、あの宗教…。名前は知らないけど。まぁ、宗教同士で市街地で戦うとかは聞いた事ないから、危険ではないのだろうけども…。
ドアの上のベルが、客の来訪を告げる。
来たかなー。待人。
その客は、辺りを見回し、咥え煙草で私の方にやって来る。
「…君か。」
驚いた様に言われ、顔をそちらに向ける。
棒に近い杖を持った、怪しい宗教みたいな男が立っていた。
「…アンタですか。」
待人は、2年前に壮年のオジさんが私を全寮制の宗教学園の戸上学園から連れ出した時にいた、オジさんに突っ込んでいた若い方の男だった。
「お久しぶり。」
「お久しぶり、じゃない。っとに、お陰様で学生時代を過激な終わりで送らせていただきました。」
「…すまない。」
素直に謝罪される。ただの軽口なのに、こう反応されると反応に困る。
「ま、あそこにいるよりは、今の方がマシだから良いですけど。」
「…なら、言うなよなぁ。」
ボソッと。聞こえた。コイツ…。
「なんか言いましたか?」
「何か聞こえたかな?とっとと、任務の話、しないか?」
言いながら、男は席に着く。
「そうね。」
簡単に言うと、今回の「組織」から下った任務は、近年この宗教都市付近で普通の人間から半ば踏み外した人間である「異端者」…よりもどっちかって言うと完全に人間から踏み外したかつて人だったモノ、「異端物」が異常に発生しており、その原因を調査、可能なら解決して来い、とのものだ。
いくらこの後、沢山の潜入調査員が時間差で入ってくるからと言って、何故わざわざ私とこの人がペアで先人を切らなきゃいけないのか。
男はメニューをめくりつつ、話を続ける。
「原因、なんだと思う?」
「一番多い大量発生の理由は、大きな事故とか災害の後、自分を見失って成り果てるのが多いけど…。」
「この辺りで災害も事故も、無かったな。」
「えぇ。と、なると。何かの依存…何かに依存。どっちかでしょ。」
「…そうだな。俺も同意見だ。君、学園にいた頃成績悪かったのに、そう言うのは分かるのだな。」
「そりゃこれでも養成所、飛び級で卒業した身なので。あの学園のは、学ぶ理由が無かったから学ばなかっただけ…って、なんでそんなこと知ってんだよ!?」
「あの時のオッさんが言ってたから。」
「あら、そう…、ところで、そのおじ様ってお名前なんて言うんですか?」
微笑みながら、問いかける。
「暮世夢久、って言ってた気がする。」
良し、次に会った時に一発投げる。この恨みは忘れない。
アイスティーを啜りながら、二本目の煙草を吸うこの男と話を続ける。
「今後の方針は、どうするつもり?」
男はホットコーヒーに馬鹿ほど砂糖を入れて飲んでいる。
「まぁ、まずは調査か。そうなると、どうやってするか。」
「なら、まず、見回るしかないか。机上の空論で遊ぶにしたって、根拠入るし。」
「一緒に行くか、別々に行くか…だが、すまんが一緒に行く方で頼みたい。俺、そんなに詳しくないんだ、宗教に。」
私だって詳しいわけではないが…慣れてはいるのだろうか。
「あぁ、そうですね。それに、男女二人でうろついた方が、信者でもないのに単独でうろつくよりは怪しくはないからそうしましょうか。よろしくお願いします、えっと----。」
なんて呼ぶんだ、この人は。名前、まだ聞いてなかった。
「あぁ、シックススだよ。君は?」
今回のコードネームを名乗られる。
「私は、セカンド。どっちかがくたばる迄、改めてよろしく、シックスス。」
お互い飲み物を飲み干し、料金を払い、店を出る。
ひなびた商店街を出て、街を歩む。当ては互いに無いので徘徊に等しいが。「第三宿舎」「第十六宿舎」などと、記された宿舎がそこらにある。ある時節になると、皆そこに帰ってくるのだろう。自分が鵜飼の鵜だとも知らずに。
広い道は、所々に飲食店があり、ある程度は往来があった。治安的にもよその街と変わらない。やたらと多いコインロッカーと、異様に宗教の格好の者は見かけるが。あんな格好で出掛けられるって、凄い…。
この街の中だから恥ずかしくはないのだろうが。
狭い道は、入り組んでいて、北に向かって歩いていたのに東を向いていた、なんて事が度々あった。坂も所々にあり、尚のこと人が疲れる構造だ。
嫌な予感のする道もあった。ほら、生臭い匂いとかのする、ゴミの散らかった治安の悪そうな。敢えて今日は通らなかったが。トラブルの予感がビシビシとしたし。
街の外れの方に行くことには、日も暮れ、そろそろ互いにホテルに帰ろうか、と言う話になった。
彼はネットカフェに。私はビジネスホテルに。どうせ経費で落ちるのだから、ホテルにすれば良いのに、変わったやつだ。
敢えて地図を見ながら、暗くなり、不気味さの増した駅前まで入り組んだ道を行く。
金髪長髪茶髪短髪スキンヘッド。
見るからにチンピラな若者達3人。
この狭い通りで、初めて人とすれ違った。どん、と肩がぶつかってしまう。と言うかぶつけられる。定番だなぁ…。
「おう、ねぇちゃん!!謝れよ!!」
ほら始まった。まぁ外見見りゃ想像はできたが。
「いくら欲しいんだ。」
シックススが言う。まぁ答え分かっているならその方が早いか。
「…っ!!有り金全部に決まってんだろ!!」
禿頭…じゃないスキンヘッドが面食らうものの怒鳴る。
「はい。」
シックススが溜息を吐きながら、財布から札を数枚出す。男達がそれに目を奪われ、金髪が手を伸ばし受け取る。
直前、札から手を離し、札が舞う。反射的に拾う男、の髪の毛を鷲掴みにし、その場で回転 、引き倒す。
…それをするなら先に言えよ!なんならもっと早くしかけてたわ!!
などと考えている間に私も髪を掴みーーーーってコイツ、スキンヘッドもといハゲだったから髪を掴めず、奥襟を掴み、後ろに引き倒す。そのまま思い切り頭を蹴り飛ばし失神させる。
余った茶髪短髪は、かかってくるか、と思いきや、逃げ出していた。
根性ないなぁ…。
「で、どうします?」
「どうしようかなぁ…。」
関節技を決められ、ガタガタ震えてる長髪を見下ろしつつ処遇を相談。
「…在るもの、全部出せ。」
「「へ!?」」
シックススとチンピラ、二人揃って素っ頓狂な声を出される。
「いや、ほら。このゴミチンピラ、私たちに金品要求したんだから、こっちもし返さないと。」
「だが、人に金品要求する奴が、金品を持ってるものか?」
呆れた顔で問うてくるシックスス。
「…あ。まぁいいか。いいから全部持ち物出せよ。早くしろ。」
些細な問題は気にしない方向で。
「な!なんで出さなきゃならねぇんだよ!?」
震えながら啖呵を切っている。
五月蝿いなぁ。
「シックスス、交代交代。」
「あ、あぁ。良いけど何するんだ?」
こうします。
シックススと、ポジションを交代し、私が制圧して右手に関節技をかけたまま。
「ヒギィ!!!」
人差し指の指を関節とは逆に折る。同時に男の口から出た音がコレ。
スカートじゃなくて、ショートパンツで、良かった。流石にスカートで男性に跨るのは嫁入り前の乙女なので嫌なものがある。
「何度も言わせんな社会のゴミ、早くして。」
「あ!!あぁ!!」
悲鳴に近い音を出しながら、持っているものを全部出す。
「こう言うのは感心出来ない。」
苦々しくシックススが言う。
「何か問題でも?」
「あぁ、大有りだ。」
そう言いながら、長髪の私物を漁っていく。
薄い財布、ケータイ、ライター、タバコ、指輪…ロクなものがない。
「…コレ、なんだ。」
シックススが、何かを手に取りチンピラに見せて問う。
「…っ!ず!頭痛薬だ!!」
明らかに嘘。この手のチンピラが常備薬なんぞ持ち歩く小まめさなんて持ってるものか。
「嘘はいいから、早く答えてくれないか?」
シックススが重ねて問う。
回りくどい。
今度は右腕を関節可動域を超えさせて動かしてやる。
「あっ!?あぁぁぁぁあああああっぁぁっぁぁぁ!?」
叫び声が、暗くて狭い夜道に木霊した。
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