禍根の緑
白都アロ
第1話 序章
馬鹿みたいに大きな音のラッパが鳴って、その音で目を覚まして、けったいな「アイゴの空」とやらを奉る宗教学校の修道女めいた制服に着替え、宿舎や教誨堂を掃除して、お祈りをして、朝ご飯と言う名のパンを食べて、戸上学園と言う名の学校に行く。
ただ、将来役に立つらしい如何わしい内容の授業を聴いているフリをして、ぼうっと無為に時間を過ごし、昼食に適当な味のカロリーメイトを食べて、机に突っ伏して微睡みながら昼休みを過ごし、午前同様に午後の授業をやり過ごし、唯一多少は楽しいと感じる部活を乗り越え、宿舎に帰る。
そしてそれから、無駄に木々の多い野外の掃除をして、作業の様に風呂に入り、機械の様にお祈りをして、必要な分だけ晩御飯を喰らって、落ちる様に眠りにつく。
これを永遠に思える回数繰り返した。そして、これからも繰り返すのだろう。
あぁ、不快だ。
実に不快だ。
居もしない神の存在を、祈って、信じて、崇め奉る。
馬鹿馬鹿しい事この上ない。更に不快さを際立たせるのは、私以外の、私が関われる人間誰しもが、この愚かしい神様とやらを信じて疑わない事だ。
なんで、こんなモノを信じるのか、それを、以前教師に質問した事がある。
結果、神様とやらの存在を記した無駄に分厚い経典「ヘルムの心」とやらを無理矢理貸し出され、感想文を要求された。
ちょっと気に入らないだけで矢鱈と人をぶっ殺す神に媚を売る内容の経典を斜めに読んで学んだ事は、「この手の疑問はここでは口から出してはいけない。」ただそれだけだ。面倒ごとは、避けられるなら避けて通るべきなのだ。
さてさて、寝ようか。明日もここの一日を過ごさなきゃならない。明後日も、明々後日も。
素行不良の甲斐あって一人で生活させられている、二人部屋の白熱灯を消して、布団に潜り込む。
窓、開けっ放しだったなぁ…。まぁ良いか。どうでもいい。こんな山奥に、野盗なんて現れようもない。
唯一私をここの世界から逃れさせてくれる、眠りが、私を、私の思考を覆い尽くした。
「あー、めんどくせー。」
「せっかく潜入出来たのに、ボヤかないで下さいよ、先輩!この子起きたらどうすんですか!?」
「うるせーなー。起きた時に考えるよ。」
「…すいません、もう起きてんですけど。」
ガヤガヤと、五月蝿い。雑な言葉の男の声なんて、久々に聞く。でも、五月蝿い。
「…げ。」
夜中に窓から私の部屋に入ってきた大柄と小柄の男二人が声を合わせて一語を発する。
「…騒ぐんじゃねーぞ?」
そう言って、大柄の男にナイフをちらつかされる。
「先輩!何やってんですか!これじゃ何の組織かわからないでしょ!?」
「いや、わかられる方が問題だろ。」
…何しにきたんだろう、この人達。
それに、殺してくれるならそれはそれで構わない。
「目的は?強姦?和姦?強盗?殺人?放火?一体どれ?何でも良いけど、早くしてくれないか?寝たいんだけど。」
「…。」
「…。」
男二人が、顔を見合わせている。
「…、ここ、名門の女学生学園だよな?」
「何故その疑問を、ここで言うのですか?」
再度沈黙が降りてくる。
「…この子なら、大丈夫じゃね?」
「違ったらどうするのですか!?」
「そんとき考える。」
「さっきその時になってもどうにも出来ないって、自分で証明したでしょう!!」
「さっきはさっき、今は今。常に前向きに生きたまえ。」
「ーーーーーっ!!何で私のタッグにこの人指定したんですか!叔父さんは!!」
「人望かな?」
ーーーーガサゴソ、と、枕の下から果物ナイフを取り出して。
ガコンッ!!!
男共の間の壁に投げつける。
「で?」
冷えた目で睨みつける私。
「----あーっつと。君、神様信じてないでしょ?」
壮年の男の方に訊かれる。
「えぇ。当然じゃないですか。神様なんてのが居るのであれば、私は今、ここには居ませんので。」
「おぉ!!ようやく貴女も神の子に成る覚悟ができたのですね!!」
嬉しそうに、シスターに言われる。そらそうだろう。こんな長年入寮しときながら、神の子に成らない生徒なんてそうそういない。なんせ、神の子とさえ成れば、今よりかなり良い生活ができて、祀り上げてももらえるのだから。大抵の子は入寮して早々に娑婆の生活との差に耐えかねて、神を信じていようが信じていまいが、神の子に成ろうと志願する。もっとも、神の子に成れるのにも、条件があるらしいのだが。そして、神の子となった生徒は一般クラスから姿を消す。噂では特別なクラスにクラス替えがあるらしいのだが---
「では、今晩深夜に、教誨堂に来なさい。一人で…いや、貴女にこの注意は無用ですね。」
五月蝿え。大きなお世話だ、腐れ尼。口から咄嗟に出そうになる言葉を悔しいが飲み込む。
そんな会話を反芻しながら、出歩く事を本来なら禁止されている深夜に、教誨堂へ歩いて行く。
流石にパジャマはどうかと思ったので、私の嫌いなワンピースのけったいな制服を身に纏っている。動き難いデザインでしかない。
それにしても、一体なんで、私より信心深い子でも、志願したって成れない場合があるのに私は神の子に二つ返事で成れるんだか。
教誨堂へ続く扉の前に、シスターが居た。
シスターは、一応行儀良く礼をする私に、祈りの言葉を吐きつける。
天に至し我らが父よ、心に宿し我らが母よ
殺めねば生きられぬ不出来な我らをお許しください
賜るばかりで、何も生み出せず、何も返還出来ぬ愚かな我らをお救い下さい
どうか、終末の刻、我らが兄妹を、ただ一人でも御救いください
「中に入ったら、御飲みなさい。」
と、聞くに耐えない言葉を吐き終わると、平べったい、恐らくは薬が入ったヒートを渡される。
無言で受け取り、中に入る。電気の付いていない、月明かりだけが頼りの青い部屋。
後ろで、ドアに閂を決められた音がする。
あぁ、なんて嫌な予感が満点。
奥には、男が、いる。1、2、3人か。おそらく中年が。
さー、どうしようかな。とりあえず、もらった薬は飲まないでおくとして。
窓…窓…。まさか防弾ガラスじゃないよねー。どっから逃げよう…。
「いらっしゃい。」
「神の子に成る覚悟が出来たんだねぇ。」
などと言って、にじり寄ってくる。
男たちの服の腕に入った金色の線がキラリと光る。偉い奴なのは確かなようだ。
細かいことは色々気になるが。
…ま、いっか。逃げなくったって。
私もスタスタと寄って行き、
「御機嫌よう。」
と優雅に女子校仕込みの挨拶をする。こんな挨拶娑婆じゃ恥ずかしくって出来ないだろう。
そして、
「天に至し我らが父よ、心に宿し我らが母よ
殺めねば生きられぬ不出来な我らをお許しください
賜るばかりで、何も生み出せず、何も返還出来ぬ愚かな我らをお救い下さい
どうか、終末の刻、我らが兄妹を、ただ一人でも御救いください。」
食事の度に、祈りの度に言わされたネガティブかつ生き汚い詩を口から吐き出す。あぁ、馬鹿馬鹿しい。
「おぉ…。君かね。素晴らしい、とても学生だとは思えない…!!!」
男の一人が、私にいやらしい手を伸ばしてくる。
神の子って、特別なクラスってもしかして------。
伸ばされた手をそのまま袖釣り込み腰で投げ捨てる。宙を舞う男とそれを見る男達が固まっている。流れでサラリと投げた男の喉を全力で踏み付け、足を回転しつつ捻り、メリケンサックを指にはめ、立っている男の内、一人の方に飛び付き、鳩尾に叩き付ける。
奇声を短く発して膝を折る。空いた口に、頂いた薬をヒートごとねじ込む。
あと一人。
突然、耳元で大きな声がする。驚いたのと堪らないので、距離を取るが、声は変わらず付いてくる。何を言っているのかも、聞き取れない。
なんなんだ。目眩がする。男の方は、少し眉間に皺が寄る程度か。一体、何処から…。出所を探っていた間に、気がそれ、男にタックルされる。
床に転がされ、馬乗りにされ、両手を封じられる。あの大声は、もう聞こえない。
らしくない、油断した。
「はぁっ、はぁっ!」
男が自分の股間を弄りながら、汚い息を吐いている。不愉快だ。
私の制服の上着を荒々しく弾けさせ、尚一層その欲望が激しくなっている。はしたない、雄全開。
「わかった、からぁ!!もう抵抗しないからぁ!下着、脱がさせてください、自分でぇ!!」
甘える…と言うよりも、自分でもややパニックなのか、声が上ずってしまう。あー、恥ずかしっ。
男が、私の手を片手だけ自由にする。私は、焦らしつつブラジャーに手を入れ、そこから隠してたバタフライナイフを取り出し、力任せに男の胸にぶっ刺す。そしてそのまま二、三度刺しまくる。
驚き、声を上げて体を反る男。顔に生暖かい液体がかかる代わりに、拘束されてた手も自由になる。
私は自分の背中に手を入れ、今度は薄くてやや長いナイフを取り出し、男にまた突刺す。
貫通したのか、ナイフは男に深く刺さり、男は後ろに倒れる。良し、自由になった。
駆け出そうとした矢先、足を掴まれる。躊躇いなく足で蹴り飛ばそうとするが、先ほどまでの倍以上の音で、大声が耳に絡みつく。意識が飛びそうになる。
ここまでかなぁ…虚ろに思う。まぁ、未練もないけど、おもちゃにされんのは嫌だなぁ…。
ーーーーーーーーーーーーーー。
あぁ、どうせ、私は-------ならば--------。
ーーーーーーーーーーーーーー。
「ごめん、遅れた。」
その声の直後、一気に辺りが静かになる。昨夜の男達だった。窓を破って入ってきたらしい。
気がつくと、足を掴んでいた男が身体を赤く色を変えズタズタになっている。
「…やりすぎでは?」
と、若干引いた空気を出しての若い方の男の疑問提唱。
気がつくと、不快な大きな声の様な音は止んでいた。
「…まぁ、いい。いよっしゃ、とりあえずずらかるぞ。」
壮年の男がボロボロの私を抱え、生きているのか死んでいるのか分からない中年男3人を残し、今日は無口な若人を連れ割れた窓から飛び出して行く。
深い、深い夜の山を駆けながら、何処に向かっているのかわからない道中。
壮年の男が喋り続ける。
「お前、よくあんな残酷なことするな。」
「しなかったら私の貞操が残酷なことになってたけど。まさか神の子に成るのがあんな下品な事だったなんて。」
「あっはっは、すまんな、遅れちまって。でも時間まで教えてくれなかったお前にも責任があんだぜ。」
「細かい計画をしてるなんて知らなかった。いや、杜撰な計画をしてるなんて知らなかった。」
私はジト目で言い放つ。
「すまん、すまん。頼んだ俺たちの原因っちゃ、原因なんだけど、これから、どうするんだ、お前。」
間違いなく、こいつらの責任ではあるが、二つ返事であの学校の、あの宗教の実態を暴くのに協力した私にも責はあり。
「どうしようかなぁ…。」
「家には?」
「帰りたくないし、帰れないでしょ。あそこに放り込んだの、私の親だし。」
「なら、俺らんとこ来るか?お前ぐらいならやっていけるだろ。そんなガッツあるやつ、普通いないぜ。」
「わるかったな、凶暴で。でも、いいです。そうする。だって、私には、行く先も帰る先も無いんだから。」
私は懲りずに、二つ返事で自分の将来を決めてしまう。
長らく抱えられたその先で、ようやく街灯のある先で、思っていたよりも血で赤く染まった私が見た彼らの服の色は、緑色が印象的だった。
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