第8話言葉遣いには気をつけたい話(±1)
テロン、と音が鳴りスマホがメールの着信を知らせる。
その内容は、かつての同僚の与太話だ。
夜勤をしている時、私も知ってる大柄な男性患者に背後から襲われたらしい。が、メールの彼、背が高く体重100キロ超、オマケに柔道二段の恐らくかの病棟のリーサルウエポン。当然の如く投げ飛ばし、その体重をフルに使って抑え込んで一本どころか二本程を飾ったらしい。
が、彼自身、興奮した頭と体に導かれたまま格闘戦をしたため、抑え込んでから無意識に
「俺に勝てると思ってんのかっ!!」
と、何度も患者を抑え込んでから怒鳴っていたらしい。当人はあまり覚えていなかったようだが、相勤者がそれを見て聞いていたそうな。
そんな病院でよくあるホノボノ日常話を聞き、ボクも一つ思い出した話があった。
かつて最高に治安の悪いド腐れ外道ブラック病院に勤めていた頃、とある患者がとある患者に畳の大部屋で襲われていた。
そこに駆けつけたのは女性ナースで、その凶行に割って入ったところ、暴行者の方はそこら辺にある椅子で看護師ごと頭をカチ割ろうとしたのだった。
そして悲鳴を聞きつけ、ボクはその惨状を目の当たりにする。それから無意識に出た言葉は、
「貴様は何をしている!!」
そう怒鳴りつけ、畳の上にアメリカンスタイルで履物のまま上がり、怯んだ椅子持ち患者に接近、椅子をはたき落とし、暴漢患者自体も投げて関節を取り制圧する。
「ドクターコール!!」
そう叫び、他の看護師を招集、事態はいつもの隔離に注射で事なきを得たのだが…。
「貴様」って。「貴様」って。
人生で使った事のない言葉がなぜ急に口から出たのか、物凄い謎。多分咄嗟のアドレナリンに脳が誤反応をしたのだろう。前世が中世の騎士だったわけではきっとない。
そんな遠い記憶は置いといて、冒頭の命知らずの荒くれ患者だが、ボクがその職場を辞める直前にも、ボクに襲ってきた事があった。夜勤で座っている彼に薬を手渡したところ、急に立ち上がり、壊れる位の強さで私を抱き締めてきたのだ。
まぁ、その動機が恋なのか愛なのか知らぬが強引に抱き締められ、力が加わった瞬間には無意識に投げ飛ばして関節を取っていた訳なのだが。
その後、たまたま近くに居た上司を呼び、隔離となったわけだったが----。
その際に私が慣れた手つきで関節を極めているのを見た上司は、
「貴方戦える人だったのね…。もっと早く言えよ!」
と、驚いていた。まぁ、それもそのはず、その職場ではこの上司が元ヤンな空気が出てべらぼうに怖かった(入職当初に地雷を踏んでシメられた)ので、終始穏やかで優しい看護師を演じて…じゃない、ボクは普段から死ぬ程嫌いな両親と呼ぶのも忌々しい奴等から授かってしまった「寧護」の名前の通りに、丁寧な看護を行なっているのだ、そりゃ意外だっただろう。
まぁ、そんなわけだったのだが、この患者、病棟には格闘戦のできない職員も多々いると言うのに、格闘戦が出来る野郎看護師ばかり襲って返り討ちにあってばかりいるが、彼は修行か鍛錬のつもりなのだろうか…?
どっちにしても、ボクも咄嗟の時にまた妙な事を言わない様に気を付けて物騒な世界で生きて残っていこう、そう反省するのだった。
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