十二作品目「I'm afraid of...」

連坂唯音

I'm afraid of...

 十月の末のことだ。私は明朝に人が殺されるとこを目撃した。近所のゴミ捨て場に通じる道を歩いているとき、狭い路地裏で橙色のスーツを着た男が、若い男を刺したのをたまたま見てしまったのだ。スーツの男は刺した後、男になぜかキスをしてナイフを舐める。そして私は男と目が合ってしまう。男はこちらをみて笑い、私のほうへ歩き出した。私は怖くなって、全速力で逃げた。


 通報してから三時間経った。警察が死体を発見したかどうかは知らない。私はあの場所に戻る気はなかった。


 気分が多少落ち着いたので、私は昼食を買いに行く。会社から5日間の休暇をもらてっていたが、今朝のことで台無しだ。家でずっと新作のゲームを遊んでいたいだけなのに。今日で休暇は最終日だ。それに今日はなにか特別な日だったような。

 昼食はキッチンカーで買った。

 キッチンカーの店主が笑顔で、ケバブを私に渡す。しかし彼の視線は私を見ていない。

「そこの後ろのお客さん、あんたもケバブがほしいのかい?」

 どうやら後方にいる人間に言っているらしい。ちらりと車のサイドミラーを通して、何気なく後ろを確認した。

 橙色のスーツを着た男がいた。今朝の男だ。

 私は振り向く。スーツの男はナイフを片手に私をみて口角を釣り上げて、気味の悪い笑いを浮かべている。

 口封じに来たのだ。

 私は全速力で、男のいる逆の方向へ駆けた。一瞬、店主の方を見たが相変わらず仕事用スマイルをつくっている。手にもっているナイフが見えないのか。

 スーツの男は、私を追いかける。男の走りは不自然だった。なにが不自然かはその時はわからなかった。


 私は通行人に駆け寄って、

「おい、あのスーツの男が私を殺そうとしている。警察に電話をかけてくれ」と懇願する。

 通行人は私の後方に首をむけ、

「あんたがかければいいじゃないか」とポテトチップスの袋に手をつっこみ、その手を自分の口へ運ぶ。

「私は今、追われているんだ! ほらナイフをもって私の方へ近づいてくる! 早くかけてくれ」

 通行人は鼻で私を笑う。

「はいはい。トリック?」通行人は言った。

「は?」

「わざわざこっちから言ってやったんだぞ。続きを言えよ」

 私は意味がわからなかったので、再び走りだした。


 今度は道を歩いている二人の警官を見つけ、気持ちが軽くなった。

「お巡りさん、殺人鬼が私を刺そうとしているんだ。助けてください。追われているです。今は見えませんが、危険な目にあっています」

 必死な私を見て、警官はHuhhと互いに顔を見合せた。

「おっさん。朝からヤクでもやっているのか? 俺たち今日だけ警官なんだぜ」

 言っている意味が理解できなかった。

 突如、車のタイヤがアスファルトと激しく擦れる音がした。音のほうへ顔を向けると、黒いランボルギーニが私の方へ突っ走ってくる。

 警官たちはすでに私の方から離れてしまっている。運転席にスーツの男がいた。

私は近くの狭い路地へ走り、なんとか奥へ逃げ込んだ。車が壁に激突し、止まった。

「なんなんだよ! 私は家で『メタルギア』を遊んでいたいだけなのに!」


 タクシーを捕まえる。

「とにかく出してくれ! あと車をできるだけ止めないでくれ」

警察に電話をして状況を伝える。なぜか相手の反応が鈍い。

「警察は市民を守るんだろ! おい、もういいよ!」私は声を張り上げて、電話を切った。

 タクシーがスーパーに止まった。運転手が「トイレ」と言って、ドアを開けて去る。

「おいおい」

 私の心臓は早鐘を打ち、私はしきりに後方に目をやる。陽はもう沈んでいた。

 運転席のドアが開く。

「おいおい、ずいぶん早くトイレが済んだな」

 返事がない。運転手の顔を見る。スーツの男だった。ナイフを胸から取り出す。

「おいおいおいおいおい」

 私は後部座席のドアを蹴飛ばし、再び全力で走る。

 すぐ後ろから、地面を力強く蹴る靴音が迫ってくる。

 一秒間ほどだけ、男の方をみる。彼の走り方は、やはり不気味だった。

 男は右足を振り上げると同時に、右手も振り上げた。左手を振り上げると同時に左足も振り上げる。一般的な走り方は、その逆だ。

 息があがり、私はもう観念する。後ろを向いて、両手を上げる。

「たのむ。殺さないでくれ! 私は確かにあんたが刺したところを見たが、忘れるよ! もう警察に通報したりしない! 金だってやってやるよ! いや、なんだってやるよ!」

 男は立ち止まる。ナイフをぶらぶらさせ、私を舐めまわすように視線を動かす。


「………トリックオアトリート」男は口を開いた。

 私は気づいた。今日が十月三十一日だってことに。周囲を見回せば仮装した人間が道を歩いていることに。

 私はこの男は、自分に盛大な『トリック』をしたのだ。思えば、キッチンカーの店主も、通報をたのんだ通行人も今日がハロウィン以外のなにものでもないと分かりきっていたのだ。道で会った警察官は「今日だけ警官」と言ったのは、あれは警官のコスプレだったのだろう。

 私は急に足の力が抜けるのを感じた。

「してやられたよ。今朝からハロウィンのサプライズははじまっていたのかい? たまたま通りかかった私にあんな手のこんだことを?」

 男はにやりと笑う。

「お菓子はあるかい?」

 男はそう言った。

「え? ないですけど」

 男はHuhhと声高に笑いはじめる。そして真顔にもどる。

「あんたは勘違いしているようだね。俺の殺人は本物さ。殺してやったあいつは、俺のボーイフレンド。彼氏だ。あいつ浮気しやがったんで、殺してやったのさ」

 男はナイフを自分の顔の前でナイフをぶらつかせる。

「あんた、やっぱり結構かわいい顔してるじゃん。新しい彼氏は偶然通りかかったあんたがいいとおもってね、あいつを殺したときに思ったのさ。あんた男だろ? でもホルモン注射してんのか? とても中性的な顔だ。俺の好みだね~」

 男は私の方へ歩み寄る。私はいつのまにか失禁していた。

「わ………私をどうするつもりだ」

 男は腰をおろしてかがみこむ。

「俺のボーイフレンドになってもらう。せっかくここまで、アプローチしてやったんだからな。一日中追いかけてきたんだから、当然OKだよな」

「い、いやだと言ったら?」

「いってみろよ。どうなるか分かる」

 私は後ろを向き、再び足を前に出す。いや出そうとした。背中に冷たい感触がほとばしり、私は倒れた。

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十二作品目「I'm afraid of...」 連坂唯音 @renzaka2023yuine

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