第5話

 狙いが俺ならこちらへくるだろうと踏んでの行動。

「新太さん!」

 姫ちゃんが心配そうに叫ぶ。

「新太君って言うんだぁ? 愛ちゃんがいーっぱい愛してあげるからね♡」

 そう言うと彼女は思いっきり飛びついてきた。

「優さん!」

 俺の叫びに、優さんはため息をついてるように見えた。

 時が止まったように全てが止まる。動けるのは……、俺と優さんのみ。

 俺は思いっきり彼女のナイフを刀で叩き、優さんの傍に走る。

「全く……、特別だよ?」

 そう言って優さんは笑って能力を解いた。

 全てが動き出し、愛ちゃんのナイフは空を舞い、愛ちゃんは仰向けに倒れた。

「いったぁい! あれぇ?」

 優さんと俺以外何が起きたかわからない。

「これが能力ね。初めて見たわ」

 姫ちゃんは初見。対して晴子さんと美雨さんと雪絵さんは能力自体は知っている。

「新太さんも使えるのは本当だったんですね」

 晴子さんが感心している。

「俺はまだ自分で上手く扱えないんですけどね」

 そんなことを言ってる間にも愛ちゃんは跳ねて立ち上がる。

「晴子、美雨、雪絵。姫ちゃんと一緒に港へ走るんだ」

 優さんが言う。

「待って! 新太さんは?」

 姫ちゃんが心配そうに言う。

「ここからは彼の道だよ、姫ちゃん」

 優さんの言葉に俺は刀をぎゅっと握りしめた。

「心配しなくても戦うのは僕だ。大丈夫、行きなさい」

 優さんの言葉を信じたのか、頷いた姫ちゃんは、晴子さんたちと一緒に走る。

「三人をよろしく頼むよ、姫ちゃん!」

 優さんは戦えない三人を姫ちゃんに任せた。

「さて、と」

「優さん、俺……」

 俯く俺に、肩をポンポンと叩いてくれる優さん。

「大丈夫、ちゃんと役目はあるから見守ってて」

「……はい」

 優さんは刀を抜いた。

「皆月愛ちゃん。僕は君を愛せないし、僕を愛させない。新太君を愛させない。それでもくるなら、容赦はしない」

 優さんは刀を愛ちゃんに向けた。

「あははぁ! 変なことを言うんですねぇ? 愛ちゃんは皆のアイドルで、皆に愛されていて、愛ちゃんが愛した人は、皆赤くなって温かくなっていくんですよぉ。だから愛ちゃんは、愛して愛して愛して愛すんです!!!」

 彼女の言葉は訳の分からない言葉だが、何故か彼女の愛情表現は、殺すということらしい。

 武器を拾って飛びかかってきた彼女を能力を使わず容易に退けようとする優さん。

「甘いですよぉ」

 上段構えで武器を弾こうとした優さんに大きなナイフを手放した愛ちゃんはすぐさま予備のナイフを取り出してサイドを攻める。

 ここで優さんは能力を使った。脇腹を狙った愛ちゃんはそのまま止まっている。

 時間という概念から外れる能力。優さんはそう説明していた。傍目には瞬間移動したり、何が起きたかわからない。簡潔に言って「時間を止める能力」なんだが、優さんは頑なに、時から外れているだけで止めているわけではないと説明する。

 ちなみに、優さんが能力を発動すると、俺も何故か時間の概念から外れてしまう。いつか俺もこの能力を自在に扱えるようになると優さんは言う。

 優さんは刀で愛ちゃんのナイフを弾くように当てた後、愛ちゃんの体を右肩から左脇腹にかけて斬りつけた。

「そこまでしなくても!」

 俺は叫んだ。

「いいや、これは大切なことだよ」

 優さんは能力を解いた。

 愛ちゃんの持つナイフは弾き飛び、愛ちゃんは体から血を吹き出した。だが、倒れない。

「ああああああああ!!! 温かい! 温かいよ!!! もっと……、もっともっともっと!」

 狂ってる。本当に殺すしかないのか?

 愛ちゃんは更にナイフを取り出した。サイズは普通とはいえ何処にこんなに暗器をしまい込んでいるんだ?

 僕は優さんを見た。彼はニッコリ笑って頷いた。

 飛びかかってくる愛ちゃんに再び能力を使い、彼女の後ろに回り込んで両足の腱を斬った。

 素早く能力を解くと、彼女はうつ伏せに倒れた。

「あれぇ? 立てないよぉ……」

 じたばたする彼女からあんなとこやこんなとこに手を探り、隠し持った凶器を全て奪った優さんは言う。

「よし! 新太君、背負って」

 ん? 背負って? え? この子を?

「何呆けてるんだい? 早く治療できる場所に連れて行かないと手遅れになるよ」

 マジか。ちょっと怖いんだけど……。

 とはいえ、殺させない、殺さないが、俺の道。それならこれが俺の道だ。

 俺は愛ちゃんを背負った。

「温かい……」

 愛ちゃんは彼女を背負う俺をぎゅっと抱きしめた。

 首を絞めてるわけじゃない。肩から胸に抱きついてるだけ。なのに、ギシギシいいそうなくらい締めつけがある。

 痛い。痛すぎる。なのに、肌は柔らかくて心地よい。痛みと心地良さでわけがわからない。

 優さんの後ろを、愛ちゃん背負って歩くと、ホテルが見えてきた。何やら争っている。銃の撃ち合いが見える。

「あの中に行くんですか?」

「この子の主はあそこにいるからね」

 優さんは能力を使った。俺たちの持っているものも時間の概念から外れる。

「わぁぁぁ!」

 愛ちゃんは物珍しげに時の止まったものを見ていた。

「愛し放題だぁ!!!」

「こら! 暴れないで!」

 能力には限界がある。走り抜けた後、優さんは能力を解きエレベーターで上がる。そして、エレベーターのドアが開いたあと再び優さんは能力を使った。

 情報にあった目的の部屋の前には黒服の男たちが銃を構えて止まっていて、扉は開いていたので入った。

 ここで能力を切った優さん。その場にいたほぼ全員が驚愕の声を上げた。

「な、なんだお前ら!? どこから入ってきた!」

 黒服たちは俺たちに銃を向ける。

「待ちな! どうやら愛を連れてきたらしい。しかも手負いときた。俺様の勘が言っている。こいつらは仲間だ」

 ……随分船とは話し方が違うな? 神道凛さん、俺様キャラ?

「それに船で会ったな。ああ、あの時は猫かぶってたもんでな。そりゃ殺し屋が集まる中で、一般人のフリでもしなきゃ、不要な争いを産むだろ?」

 凛さんはスっとベッドを指さした。

「すまんな、愛をそこに寝かせてやってくれるか?」

 俺は指示に従い、寝かせようとした。愛ちゃんが離れねぇ!

「愛! 手を離せ! それじゃ治療できねぇだろ!」

「うー! 温かいのに!」

 ベッドに転がり込んだ愛ちゃんは治療を受ける。

「バッサリ斬られてやがるな。おまけにアキレス腱か。おい、以蔵を呼べ!」

 恐らく医師を呼んだのだろう。戦闘中の最中だが、ここに敵が入ってくる様子はない。よっぽど拮抗してるか優勢らしい。

「愛をここまでするとは、全くどこの天才だ」

「僕なんですけどね」

 優さんは飄々と言う。

「はぁ!? お前が斬って、こいつが連れてきたのか?」

「襲われたのはこちらなんでね」

 優さんのその言葉を聞いた凛さんは、プッと吹き出し、爆笑した。

「ふふふふふふ、はははははは! そいつは災難だったな! すまんな、俺様も愛には手を焼いていてね。とはいえ、返り討ちにしたのはお前が初めてだよ。おまけに殺さない甘ちゃんときた!」

「僕は殺し屋なので、別に殺してもいいんだけど、この新太君は別でね」

 それを聞いた凛さんは、俺の方を見てきた。ちょっと近い。

「ふうん……、随分素人を連れてるな? まぁワケありか。で、これからどうするんだ? お前、結構顔色悪いぞ」

 俺はぎょっとした。俺には優さんは汗ひとつかかず、笑顔でニコニコしている。どう見ても元気に見えるのに……。

「バレましたか。力の使いすぎで結構キツいんですよ。どうしましょう?」

「それなら、俺たちと共同戦線を張るのはどうだ? 悪い提案じゃないだろ。懸賞金が掛かっているにも関わらず、俺様たちに味方するくらいなんだからな!」

 優さんは頷き、話を聞く。

「このまま夜明けまで戦闘を続け、朝になったら脱出する。港に俺様たち用の船が来る予定だ。そこに乗り込む」

「僕たちは夜明けを待たず出港する予定だったんですけどねぇ。仕方ない。彼女たちには先に行ってもらいましょう」

 優さんは、雪絵さんに連絡を取る。港に着いていたらしく、優さんはそのまま出港し、着いたら車で帰るように伝えた。

「心配しなくても、俺様たちも精鋭揃い。一億を手にするためにいくらでも手を打ってたからな。お前らの出番はないさ。ゆっくり休め」

 銃声の中休めと言われてもな。

「これ、愛ちゃんが持ってた凶器だ。高価な物だろうと思って持ってきておいたよ」

 優さんは愛ちゃんが隠し持っていた全てのナイフを凛さんに渡した。

「悪いな、至れり尽くせりだよ。この礼はちゃんとさせてもらうぜ」

「それじゃあ俺たち、別室で休ませてもらってもいい?」

 俺は、ずっとトロリとした眼差しで見てくる愛ちゃんからとにかく逃げ出したくて、優さんと共に部屋を出た。

 別室に着くと護衛の人が扉の前で守ってくれるらしく、安心して寝ていいとの事。

 俺は疲れから、ベッドに転がり込んだ。

「すいません、優さん。眠ります」

「ああ、念の為僕は起きておくから安心して寝なさい」

「すいません、優さんも疲れてるはずなのに……」

「気にしなくていいよ。おやすみ」

 俺は眠りについた。

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