第26話 雷鳴と雷電、そして闇

【 誦読しょうどくせよ 怨歌えんか 古き魔女の歌 雷鳴と雷電


 火焔に騎乗し、舞い上がる

黒煙と火塵かじんを我がころもとする


 眼下は一面、くれない大海たいかい

劫火ごうかこそただれたこのそのにふさわしい


 われと喰らいあいし百余ひゃくよ眷属ものども

おのれの身も灰燼かいじん


 我とつるみし死者よ

再会を期せ


 そして高く舞い上がる

黒雲中に高く舞い上がる


 雷鳴は我が叫び

雷電は我がむち

大き雨雹うひょうは我が血涙けつるい


さらば、罪業ざいごうの楽園よ、なんじは我を失った

我を揺籃ようらんせし獄に未練なぞあるものか


 いくは、白き明けの空まだこぬ、彼方かなた、闇のに沈む都

我をはめし、元凶げんきょうどもぞ巣くうそのけがれたとこ

むくいにいざ参ろうぞ


 いく嵐こそ我が騎行きこうと知れ


 狂おしい、真昼のまぶしい光が乱舞の空には

溶け込んで、眠ろう


 橙色とうしょくけて沈む黄昏たそがれに目覚めよう


 黒雲をかせ

回し高く巻き上げらせ

我の時間が始まる


 そうして五夜の嵐に騎行して

すべての始まりの都は

今、眼下にあり


 頂きは遙か

こごえる天空


 月と星を独り占めして

下界はれなす黒雲のスカートの下


 雷鳴をとどろかせ

雷電を落とし

伏魔の城郭を神殿を撃とう


 絶え間なく

真黒い燃えかすに変えて

り、らかしてやろう


 いでよ、堕ちし百余の眷属よ

汝らの角笛をたかぶらせ

はいずる貴人、神官どもを、狂気におとしめよ

そして喰らえ、喰らい尽くせ


 さすれば、我は

この罪の都にこそふさわしい

強欲ごうよくいの大涙たいるいを高き空から叩きつけてやろう  】




 これは・・・これは濃密な死の腐臭。 それをまたかぐ。 こんなにもをおかず。

 もうほんとうに我慢も容赦もならん。

 この異世界め、こらしめてやる。


 そう思うやいなや、僕の増長はたちまちはじきかえされた。 誰かの呪歌をただただきいた/きかされた、それとも僕の記憶のレコードが、誰かの闇に呼応した?


 機をのがさず、僕の首を手折たおったものが、いる。

 誰かはそいつだ。




 そいつが闇をまとうものが僕のそばにいた。

 耳元で闇がいらない音をささやいた。

 「ゴ―カク」

 

 うわぁ!!!


 ”ぞわっ” 

 する鳥肌の不意打ち。 


 そして僕の意識は覚醒側にたたき出された。




 いつ、どこ、なに・・・見当識が復活しようと躍起やっきの僕の顔を、闇を背後にうすぼんやりと白く浮かび上がる少女たちの顔の照り返しが見下ろしている。 ごめん、すこし不気味・・・。


 僕の体に触れずとも、霊薬光が照らせる間近まぢか、ぼくの手足が届く範囲なら薬効はあらたか・・・だからすぐそばいるは必然だ。


 そして今のこの体勢に馴染なじみがある・・・仰向けでエウドラの膝枕。


 大事なこと。

 息ができる。 そして手足は動くし、感覚も異常がない。

 からだに異常はない。

 霊薬体質というギフトのおかげだ。


 次に大事なこと。

 このままこうしていたくても無防備きわまる状態。


 

 エウドラに背を支えられながら、僕はしぶる上半身を起こす。

 サテラ、リウリイ、パイオも僕に身を寄せるように座り込んでいる。



 僕は誰にやられた。 普通に考えるならパイオだが、今は普通じゃないし、今や僕も普通ではないからね。 


 それでも確かめないのはありえないので問うだけは問うた。


 「なにも『まだ手出し』してないよぅ。 だってもし、生きるラナイのギフトがないなら、わたしも終わりだよぅ」


 それはそうだが、そうでもないのかもしれない。 でも、エウドラでもサテラでもリウリイでもないとしたら、誰が僕の首を手折たおり、誰が呪歌をしょうじたというのか。


 ・・・いや、あれは、取り巻く闇が見せた・・・悪夢だったかもしれない。


 でも首を手折たおられた際の痛みの記憶は、とてもなまなましく、とてもフェイクとは思えない。



 5人目がいる。 闇をまとう、5人目がいる。 僕の方にむく4人の少女の向こうの闇に・・・5人目がいる・・・でなければ、この4人のうちの一人、すくなくとも一人・・・それがパイオであろうかなかろうか・・・そいつがいる。


 そう思うと、”ぞわぞわ”リアル鳥肌にブレーキがかからない。



 「妾らのいきは楽になったが、ラナイ、具合ぐあいどう? 霊薬体質ギフト持ちにきくのも変だけど」とエウドラ。


 「大丈夫だけど、あれ聞こえた?」と僕。


 「あれとは?」とエウドラ。


 「少し長い怖い魔女の歌。 僕だけかもしれないけど」


 「私もきいてないし、ラナイだけではないかしら、でもそれ、魔女の残りかも」とサテラ。


 魔女の残り香・・・また僕の知らない言葉がでてきた。  前世界なら夢でかたられる範囲のことでも、この世界ではリスペクトされる根拠があるらしい。


 なら意味あるかもと、覚えている限り怨歌の粗略を話した。


 「ラナイは妾のもの、都うつ敵には、渡さない」エウドラ。


 「脅威、宣戦布告?」とリウリイ。


 「新参者だし、わたしは、ラナイのそばの立場をはっきりさせるよ」とパイオ。


 「パイオさま、そうおっしゃられても、ラナイさまのすぐおそばでないと息もつけないので当然のこと、ですからそれ以上のことをしていただかなくては。 それよりなにより、まず状況です。 ここはどこでしょう、検討をつけられる根拠がほしいですわ」とサテラ。


 「これ、そうなんだよね、おねーちゃんたち」


 「遠投小舟ロングショットボートが無人で到着、星下候補と2星姫が行方不明の歴史に残る重大事件。 これはもう最悪でなくても、紛争、内乱、戦争に行き着きます」とサテラ。


 「せきにんのおしつけあいで? ふうんそうなんだ」


 「ラナイ『軽薄な言はつつしめ』、戦争も、不運のおしつけあいのめんもある。 そして事後に残るは山なす不運、その悲嘆の始末は膨大な労力」


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