第10話 エウドラの再起動

 エウドラの再起動は案外早かった。 まだ恋愛脳の発達も端緒のお子様年齢だからだろう。 唐突に独白を始めた。


 「ラナイには魔潟がそうみえていた。 妾に手を引かれてずいぶんのんきに歩いていたのが、納得がいった」


 いいえ、違います、ドナドナされないかと不安満杯、迷子の気分を味わえました。


 「だがラナイを拾得以後、魔物ひとつ、見も出もしなかったのはなぜ」


 はい僕にもわかりません。


 「本物の魔潟の落とし子であればこそか」


 はい、わかりませんが、まだ近くにいる魔族をおそれて逼塞(ひっそく)の方がまだしもありそうです。 今考えてみればそんな感じがするんですよね。


 「そうだ、サテラ」

 「はい、姫様、なんでございましょう」


 「ヘリオナーペの妾が廓の保安レベルをあげて。 それからアラトスとリュミにどう説明しよう」


 「かぶき姫様が野良孤児をひろわれました。 たいそうお気に入りになられておられるので小さい客人として遇するように・・・とできるサテラは説明を実行済みです。 それから、すぐに保安レベルをあげては、連れ込んだのはたかが野良孤児ではないのかと逆に疑われましょう。 賢明ではありません。 このような時のための策、にせ旗作戦の在庫がありますので、このサテラめに泥舟にのせられた気分でおまかせください」


 「お母様にはどうつたえたものか」

 「プレイオネ星下せいかが呼び出し人をおつかわせになられるまで待てばよいのです。 下手へたに申し開きを急ぐのも孤児の出を疑われるもとです」


 誤訳でもあるまいに、おかしな言い回しもきこえたが、サテラのエルドラ操縦はナイスだった。




 「ねえ、ぼく、いなかものだから、よくわからないけど、まどのおそとがずいぶんとさっきからずっといえがつづいているよ」


 「ここは星都キュレーネの外域。 あと小刻で内域との境界。 そのさらに内域に星城パルテノーペがある。妾らヒュアデスのニュムペーのホームぐう、ヘリオナーペはそこにある」


 「わらわらひゅあですにゅむぺー?」


 「父はアトラス、母は星下せいかプレイオネ、そして妾は末の星姫(せい

ひ)。 星統ステラアステロイテア・コンプレクスの星姫はヒュアデスのニュ

ムペーの7星。 7星のうち2星は隠され名前もうしなわれ、いま5星。 いまは5星のニュムペーの星居がヘリオナーペぐう


 「・・・かくされ?」


 「ラナイちゃん、ぞんざいな言い方はわからないことでも不敬にあたるから気をつけてね。 謀(たばか)れてお隠れになったということよ、わかるでしょ」と、注意してくるサテラ。


 「けんぼうじゅっすううずまく、ふくまでん」

 「そう、警告したでしょ、本物の権謀術数は死にゲーなの。 あっ、今境界には入ったわ。 今さらですが、ようこそ落とし子さま、星都キュレーネ内域へ。 ここから星城パルテノーペにいたるまでが旧市街でございます」


 境界というのは、車窓からみるそれは滑らかで暗い壁面だった。 そこを通過し、内域の景色がひらけるやいなやエウドラが口を開いた。


 「サテラ、行く先を変更する。 魔潟稀少オーブ献上を件にラナイを連れてお母様に謁見(えっけん)を願い出る。 お母様を頼る、今すぐ手配して。 後日ラナイの素性(すじょう)が発覚したとしたときの面倒の算段が終息せず無限に発散する。 その脆弱より、隠さず先制するがまし。 車を星城のクルマ寄せに向かわせて」


 「・・・これはサテラめも意表をつかれました。 賢明な軌道ご変更、ご変心だとよろしいのですが」


 サテラが何か魔的通信手段で星城に段取りをつける間も、車は進んでいった。


 僕は内域の景色を楽しむどころではなかった。


 なんてこった。 エルドラはサテラの操縦の上をいった。 それりゃそうだろう、深窓も深窓の御姫様なのにサテラを出しぬいてのプチ家出常襲っぽいし。


 星下・・・ここにきて翻訳間違いはないだろう。 ステラアステロイテア複合体?というこの地の国家相当勢力の最高権力者に引き合わされるのか。


 しかも謁見・・・これではぼくの存在がいっきょに公になる。 隠して発覚した場合の面倒が面倒すぎて手に負えないからって、エウドラらしいといえばエウドラらしい思い切りだが、


”面倒な事態だった。 僕にとってこそそれこそ面倒な事態だった。 高い地位ほどいろいろ面倒、束縛も危険も多い。 賄賂が効くくらいなら、なおさらだ。 何も知らない僕がいきなりエウドラの連れ合いって、連れ合いが何かがまた問題だが、どう考えても位討ちのブラックな未来しか思い浮かばなかった”

 っていうのは、どフラグだったわけだ。


 賄賂がきくどころの相手ではないけれど、・・・娘から母へのプレゼントならきくのか、この世界の、殿上人においても。 けれど9歳のおぼこ娘がおねだりするのが子供といえど男の僕・・・僕の常識では、おねだりが通るかんじがしない。 僕はどうなる・・・。


 エウドラ以外の誰かに拾われて、野合の採集キャンプで鑑定台に載せられていれば、少なくともこんなことにはならなかった。 売られた奴隷の身分からだって、知識レコードを武器にのし上がれないわけではないだろう。 


 非常に幸運と思われたことがじつはむしろ逆、絶対逆で・・・過ぎたる幸運も久しからず、春の夜の夢のごとしか・・・二人に庇護欲そそられまくりって、なんておごりたかぶり・・・そのむくいか


 僕はいったいどうなってしまうのだろう。


 僕がよほどたそがれてみえたのだろう、

 『どんまい』

 サテラのそう言う意味合いの言葉がぼそっと訳されてきこえた。



 星都キュレーネ内域にはいってより、隣に座るエウドラがからだを寄せてきている。

 華奢な白い手が僕の手に覆い被さっている。


 エウドラも間違いなく緊張していた。


 そしてついに車がとまる時がきた。

 星城パルテノーペの車寄せ。

 そこに到着した。


 車窓のレースカーテン越しにアラトスが周囲を警戒し、リュミがドアノブに手をかけて引くのがみえた。


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