第2話 ラナイはまっさら

 「ラナイはまっさら、”清浄”も知らない」と、急に滑舌かつぜつがよくなったなった声をかけられた。

 不良翻訳チャットのような意味の取り違え、誤変換があるかもしれないが、それでも僕が話す言葉の方も通じるようになったのではと、試してみた。

 「・・・ごめんなさい」

 「むっ、しゃべれるか・・・いや、そうなったのか。 なぜあやまる、理解できないが、まずは空き腹をみたし、かわいた喉をうるおす」

 

 荷台が屋台になっているキッチンカーのようなところにつれていかれ、大きな木のコップいっぱいの飲み水と、薄くそいだ塩味の焼き肉をはさんだライ麦パンっぽいのをディナーだといってわたされた。


 ベンチがわりらしい粗末な木の空き箱にならんでこしかけ、かぶりついたら歯にガリッときた。 かじったグレーな断面を見ると何色かの微細な粒があちこちのぞいていた。 製粉に問題ありの異物だろうか。 婆様は何も言わずおなじものをむしゃむしゃして健啖けんたんぶりを発揮していたので、ここではこれが普通なのだろう、酸味もあるが食べられないことはない、空腹は最大のご馳走と言うし、ようはなれだ。 ぱくっ、ガリッ! うーん、まずい。


 なんとか腹におさめ終わる頃には日が落ちきっていた。

 にわかにうす暗く、よいの星空から冷気をまとうとばりがおりてくる中、その一台だけ他と明らかに造りが違う四輪車の狭い荷台に連れ込まれた。

 幌を支えるフレームに魔法っぽい熱を感じないあかりをつるし、整理それなにで積みちらかした物品をこれまた乱雑に押しのけて寝床ねどこ部分を広げながら、教えてくれた。


 「よいか、すはだかで眠るラナイを魔潟まがたでみつけた。 ヒトは防護の服なしでは魔潟でもたない。 だから平気なラナイは魔潟の落とし子、すごくユニーク。 ただのユニークでも狙われやすく、仮に盗品でもとても高く売れる」

 「・・・なら、どうしてぼくをうらなかったの?」

 「どう売るのと違うと思う? 魔潟のユニーク、落とし子。 望外の機会。 売る拙速せっそくは論外」

 「おとしご? あとまがたってなあに?」

 「問うてくるさとさもとうと、いやよい。 魔女エウドラの連れ、いや連れ合いは栄誉栄華、それを許す。 自分で知るやる考える日々の精進しょうじんをするがよい」


 僕はようやく婆様の名前を知らされた。 どうやらすぐには縁を切らず、好待遇してくれるっぽい。 とりあえずはわたりに舟だろうと応じることにした。

 「はい、エウドラさま」

 「返事や良し、でも媚びも様もいらぬ」


 厚い毛布を広げて重ねただけのものに、エウドラともどもこもった。

 どうしてそこにいたのか、わからない、名前もなにもおぼえていないけど、つけてもらったラナイの名前気に入ったと言ううわ目づかいの僕に、ふうん、そうかといって話しを信じてくれたようだ。 嘘を言ったわけではないけど、いいのかエウドラ。 僕はあんたの孫と違う。 見た目とギャップがありすぎ、ちょろすぎる・・・。


 しかし現実は甘くなかった、そのままその夜の僕は老魔女エウドラ専用、なま抱き枕。 うれしくないし、まったくうれしくないし、うれしくないし寝相が・・・で、おこされたり、婆様のくせして妙に体温が高めで暑苦しかったりする。 もちろん小さい子供だから・んなところをさわるきはおこらない、ほんとうだよ・・・


 それでもおきていられないのが子供のからだだったが、次は真夜中、今宵こよいは特別な夜と無理矢理おこされて、スターゲイズ、星詠みにつきあわされた。


 濃密な漆黒に沈む大地とは対称的だった。

 全天快晴、頭上は満天、またたく星の大海。 すごい夜空だった。

 6歳のねぼけまなこもいっぺんにめた。

 エウドラの不思議となま白い細指が指し示す先、連なる闇の丘影の上に、天頂をまたぐ巨大な赤と緑の星雲よりは低いそこに、ひときわ明るく青く光る星があった。


 「全天特等の青き新星が、こよい、しょくを受ける」

 その言葉からほどなく、なんと、星の輝きがふくれ、ほどけ始める、対の2方向の光の円弧にほどけ始める、これも魔法か。 いや幻惑のたぐいでなく、見えているとおりなら、たぶんこれは・・・。

 その光は、ひとつの円の周の2方向にすっと細長く伸びていく。

 やがてついに二つの端がふれて合わさった。

 完成する小さな青い金環の食の輝き。

 言葉にならなかった。 それはつかのまの神秘だった。

 じきに円環が逆向きの円弧に開いてもとの青い輝きにおさまっていく。

 そして驚異の天体ショーが終わった。

 エウドラが最後の方が良く翻訳しきれない文言で結んだ。

 「されど暗きもの決して青き新星を喰うをあたわず・・・・・・」


 それからも晴れの夜はエウドラの星詠みにつきあわされることがあった。

 けれどその最初の夜空の感動は忘れられないものだった。


 僕の記憶は個人情報よりほかはそこなわれていなかった。 それどころか、それ以外の記憶はむしろかけねなく整然として、そこにある知識レコードが出番をまっていた。


 だから推測できていた。


 この星の近くには見えないが恐ろしいほど強力なグラビター、重力源がある。 それがここと青く輝く星とのあいだを横切った。 その際に背後からくる星の光がそこで曲げられてこちらに届く重力レンズの物理効果、アインシュタインリングと言われるものをまさに目撃したのだろうと。


 もしやそこに隠れる事象地平線の彼方から僕がこの地に投射されたのでは、レンズの焦点があえば・・・いやばかげた考えだ。


 それにしてもグラビターによる星食の日時を正確に予測したエウドラって何者だろう。 しわくちゃ老魔女だろうが、ちょろすぎど思ってあなどってよい存在ではない。 そして重力レンズによる光のリングを目撃したことは、当たり前のことを僕に気づかせてくれた。 ここにもまた、地球とかわらない時空の成り立ちがあると。


 なら魔法は何か、なら魔法とは何か。

 未明の2度目の床のなかで、寝入るまでその疑問をめぐらしていた。


 観測したことのある事象の再現の現象、そのままもしくは増幅して再現・・・意思の押し付け・・・・・・それはありえない、奇跡の具現化?

 魔法を知りたい、魔法を観測したい、エウドラの魔法をどうにか計測して、解明して再現したい・・・


そう思いを巡らしながら夢に落ちていった。 それは異様な夢に、落ちていった。

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