エウドラ ( 217 Eudora )

まるペコ

第1話 ・・・頭がぼやーっとして

 ・・・頭がぼやーっとして、重かった。 なにかとても怖い夢をみていた気がした。 ん?、なんだ、ツンツン肩にあたってくるものがある、うわっ、なんだ!動物?、もしかして凶暴なヒグマだったらとぎょっとして顔をあげると、さらに見上げるように上背うわぜいがある人の姿が僕の顔をのぞき込み、手で肩を小突こづいていた。 


 そう見えるのは、れきの多い地面にSりをついてうずくまる僕の姿勢が低いせいだけではなかった。 僕の手足の造りは子供のそれで細く短く、裸のからだはやせこけあばらがういた子供のそれだった。 6歳くらいか、僕は小さい子ども・・・おちnちnありだから男児で、寒くて着るものがほしかった。


 僕を小突いておこした人は逆に全身、肌を見せない服装をしていた。 ゴーグルにマスクで表情もわからず、怪しいふうていと言えた。


 その声は柔らかなアルトですこしかすれていた。 聞き覚えのあるようなないようなフレーズが離散的にあったが、なにを言ってるのかわからなかった。 それで「わからない」を連発するうち、不思議に害意はないように思えてきて、胸のドキドキもおさまってきた。 


 いったいどうしたというのだのだろう、わからない、自分のことがなにも思い出せなかった。 名無しでまっさらな白紙、とても深い眠りから目がさめたときに似て気分はすっきりしていても、僕の個人情報のいっさいがっさいがなかった。


 見当識の喪失そうしつも体験中だった。 

どこにいるのかも見当がまったくつかなかった。 大海原おおうなばらのうねりのように、丘が連なり重なっていた。 そこらじゅうに無数にある白い岩の露頭が、遠目とおめ、羊の群れに見えないこともなかった。 それらの岩のまわりには短いススキのような草が生え、わたる風の息吹が緑の葉と穂の実りを揺り動かしていた。 そんな石灰岩台地もどきの光景のすぐ上をかたちさだまらない白い雲が落とす影をゆがませながら足ばやに流れ、そしてどうみても異常に大きい太陽が中空にまばゆく、空は蒼く深かかった。


 ごわごわする手袋を両脇の下につっこまれ、そのまま持ち上げられて立たされた。 無言で鳥肌たつからだをぐるりとまわされて、全身くまなく確かめるかのようにじろじろと見られ、寒さだけでなく震えるからだをあちこちまさぐられた。 される側の恐怖や羞恥を無視した所行しょぎょうだったが、無力な子供ではされるがまましかなかった。


 背負った背嚢を下ろすと中から貫頭衣のようなものと短靴のようなものを出してきて、何か不明をつぶやきながらの手取り足取りで身につけさせられた。 どちらも見かけは絶対サイズがあうはずがなかったが、僕のからだにぴったりフィットして以外と温かく、着心地も履き心地も悪くなかった。 寒さから逃れられられて安堵あんどしたが、それ以上に驚いた。 錯覚では絶対なかった、魔法そのものだった。


 それからもときおり意味不明のつぶやきがあったが、僕に声をかけたものではなかった。 手を強くひかれて、歩幅の小さい身には辛い早足で、下る小川の流れにつかず離れずひたすらかされた。 大人に手を引かれて連れまわされる迷子の気分がよくわかった。 二人の足音に風の音と小川のせせらぎを重ねただけの静寂。 動くものは鳥はもちろんまとわりつく羽虫のたぐいすら見かけなかった。 


 身につけさせられたものが魔法の品ならもしかしてと、ステータスとつぶやいてみた。なにも起こらなかった、システムとつぶやいても、なにも起こらなかった。 じろりとみられた気がしたので、あとは声にださず、あれこれ念じてみたが、成果なく徒労だった。


 その間も日は傾いていった。 その方角、西の方へ谷間から谷間へ道なきところを丘5つ分も下ったところで、小川は水量のある川に合流し、緑濃い灌木かんぼくが密生する丈の低い森の方へと流れが続いていた。 そこにはちょっとした河川敷かせんじきの広がりがあり、無人なところを二人だけで歩き続けてきただ けに、ほっとする人の営みの喧噪けんそうがあった。


 身をかがめ気味に僕の手を引いてきた人は、せすじを伸ばしてぶ厚いフード、マスク、ゴーグルを外すと、ふうっと大きく息をついた。


 夕日に染まって現れたのは、背負う背嚢のふくらみの上にまでながれる美麗な銀髪、そして、浅黒い肌の無国籍な目鼻立ちは生気にあふれていたが、思わず二度見するほど深いシワにまみれていた。 


 うゎっ、いったい何歳なのだろう。

 魔法を使うし、魔女だろうとは予想していたが、声に完全に裏切られた容貌だった。


 僕を見返すやぶにらみ気味でこわもてな碧眼へきがんには、拾われ子の心細さへの容赦はまったく感じられなかった。 けれど、警戒していてもひるんだ自分の頭がすぐに撫でられた。 意外と目つきで損する残念婆様とか後期高齢偽悪老嬢とか、そういうのありか・・・


 そんなふうに考えをめぐらすことは、僕くらいの年の子供しては絶対にさかしすぎで、自分のことながら違和感を自覚できていた。 僕は自分の個人情報を失っていても思考じたいは子供のそれではない、そう考えることじたい、僕がただの子供ならざるものと判断できていた。 



 子供を全く見かけないところに、どうみても迷子をつれこめば、当然のこと、衆目を集めた。

 からだは子供、心は大人、でも不思議と年齢同一性障害にならない某長寿アニメ主人公らと同じ。 とは言っても非力な子供のからだがおさなげが庇護欲を良くも悪くもそそる。 そこにつけこむのは、敵意やほしくない警戒へ の天然の戦略だろう。

 だから見た目の歳相応にふるまえば、怪しまれず、面倒をさけられるはずだ。


 婆様は投げかけられる言葉を素っ気なくかわしながら、ひときわ大きい天幕の下に大きな平台がおかれたところまで僕の手を引いていった。

 数人の順番のあと、背嚢から大小の鉱物や木片や骨片とおぼしき雑多な品々をとりだし、台の上に並べ始めた。 前の人たちと同じく、婆様の背嚢もあきらかに見た目の容量をこえていた。 特に婆様のは何倍もこえていた。 これって収納の魔法の道具なのか・・・興味しんしん目を見はる物知らずの子供に 容易に擬態できた。


 台のそばに立つメタボ中年の男が値決めしているようで、わからない会話で値の交渉らしいのがつづいた。 台上のすべてと取引がおわったところでそのメタボ野郎が僕をじろりと見てなにかつぶやいた。 値踏みだけじゃない気持ちの悪い目でなめまわされた。 不覚にもぞくっとして追い立てられるように台にあがろうとしたら、婆様が碧眼に怒りをこもらせ。強い言葉を発した。 

 それが、僕の心にまでびりっと届いた。


 「カッテニネブミヲハジメルナ!」

 そのフレーズが初めてはっきりと理解できた言葉だった。

 僕を売り物にはさせないということらしかった。

 婆様の一喝でメタボ野郎の態度は一変、顔色をあおくして小さくなった。

 僕のような子供が売り買いの対象になることは重大だ・・・それは人さらいや奴隷の存在に通じる。

 そしてそれをきっかけに、なぜだろう、僕の危機意識がそうさせたのか、しくみ不明の翻訳が機能しはじめ、言葉が馴染なじむように急にわかり始めた。


 「コゾウノナハ、トリアエズ”ラナイ”デイイカ」

 ラナイって僕のことか。 どうやら連発した「わからない」の意味が通じてなくても、その音節の一部を呼び名に流用ということらしい。 コゾウよりましだし、それでかまわない、自分がつけたことになる名称でよび執着してくれるほうが、今は良さそうと判断した。 僕の名前はラナイ。 悪くないどころか簡潔で僕好みだった。


 「ラナイ、イクヨ」

 それからまた手を引かれ川辺の丈のある草むらに連れていかれた。 なにをするのかと思えば、そう、トイレ。 しゃがむとシワだらけの顔にはびっくりするほどそぐわない生白いSりをさらしてしてみせ、僕もそうするよう、うながされた。


 我慢していて実は洩れる寸前だったのでしょうじき助かった。 まあ、野営 地っぽいところでトイレの設置がなければこうするしかないのだろうけど・・・大の大人が恥ずかしくないのか、ちょっとどころでなく大ひきだと思っていたら、そこは抑制のきかない子供のからだ、僕は大の方まで出してしまった。


 我が身のことながらなんという羞恥。 そこらへんのどの葉っぱでSりをふけばよいのかとパニくる寸前で固まっていたらこれも衝撃の初体験だった。 

 魔法だろう、魔法に違いない、それがSりに直接触れた。さっとなぶられた。

 汚れた地面の方も、跡形なく、臭いまでクリーンになった。


 でも無防備な状態ではさらわれやすいだろうから、いっしょにトイレの羞恥部分は無視するしかない。 この身は小さな子供だし、婆さん相手なら、セーフのはずだ、セーフ。

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