第16話 不穏

 新田が広告会社の契約社員として採用されてから、二年ほどの年月が経っていた。


 大学病院の医師が言っていたように、大腸の調子は手術前とほとんど変わらなかったが、結腸を二十センチ切除したためかなり便秘ぎみである。そのため、便秘薬を常時服用していなければ腸閉塞ちょうへいそくになってしまうような気がするのである。不眠にも悩まされていた。ステージ一とはいえ、数パーセント再発する可能性があったからである。


 心配性だった新田は、血行性転移を極度に恐れていた。たとえ数パーセントの可能性であっても、他の臓器に転移してしまうと、死が現実味を帯びてくるのである。軽度の癌であったのに、数年後に他の臓器に転移していたという例はよくあることである。


 医師は、定期的に病院に来なくてもいいと言っていたが、便秘薬と睡眠薬、精神安定剤をもらいに行くために、二週間に一度大学病院に通院していた。お茶の水の大学病院は土曜日が休診日であったため、薬をもらいに行くためには会社を半休しなければならない。


 その日も午前中に半休をとって、受診したあと会社に出勤した。会社に着いて、さっそく請求書に社印を押印しに局長席に行くと、加猛局長は相変わらず不快な言葉を投げかけてきた。


「病院なんか行かなくていいじゃないか。薬なんか飲まなくても酒飲んでいれば癌にならないじゃないか」


 何度聞かされても不愉快である。この狸親爺たぬきおやじは、新田に対して攻撃的に言うことはない。薄気味の悪い笑みを浮かべぶしつけに呟くのである。


 経理局は会計部と計算部に分かれている。会計部は決算処理と現金・預金管理が、計算部は売掛金管理・買掛金管理が主な業務である。また、会計部は全員が正社員であったが、計算部は福山部長を除いてすべて契約社員である。


 新田は、隣の席に座っている女性にも不満があった。業務中のほとんどの時間を無駄話の時間に充てていたからである。そして、業務終了時間ちょうどに退社していたのであった。


 彼女は要するに、仕事に対する職業的プロ意識が欠落した、学生がするアルバイト感覚で仕事をするようなタイプの人物だったのである。とはいうものの、新田とは給料形態が同じであるので、その辺のけじめを会社側は配慮すべきであった。しかし、上役達は彼女の怠慢たいまんを黙認していたのである。


 一方、新田は休む暇もなく一日中業務に追われていた。それは、すべて福山部長の采配さいはいであった。

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